第43話 覚醒

「…………偽物が。」


翔馬の瞳に映るのはただ一つ。


“戦う”という意思。


そして――その身体は確かに、

才覚へ足を踏み入れようとしていた。


無い野の瞳が細くすぼまった。


(……あいつ如きが発動できるわけはないが……念のため、か。)


 吸収しようと掴んでいた花野を、まるで壊れた玩具を放り捨てるように投げた。

 花野の身体が地面に叩きつけられ、砂煙が上がる。


 無い野はそのまま方向を変え、迷いなく翔馬へ一直線に踏み込む。


 その軌道の途中。

 重症だったFを田野が治癒させていた。完全には程遠いが、辛うじて逃れる程度まで回復は終わっている。


「翔馬! 無闘と当て野を連れて逃げるぞ!!」

 与志野が叫んだ。


 だが――届かない。


 翔馬の耳には何も入っていなかった。


 翔馬の脳内はただ反復していた。


 無い野の“型”。

 Fが見せた“MODE”。

 そして……無闘の言葉。


 呼吸の仕方。

 蒼の気の溜め方。

 筋肉の使い方。

 意識の位置。


 それらが破片のように翔馬の中で組み上がっていく。


無い野が翔馬へ歩を進める。


 翔馬は、脳の奥底が焼け付くような感覚と共に、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。


 無い野はその異様な動きで“何か”を察した。


(……何だ?)


 欠陥品と認識していた筈だった。

無い野の祝福「多重人格」、数ある人格の中で蒼の気も使えず祝福も目覚める事がなかったハズレの人格。


 なのに――その欠陥品からは膨大な蒼の気が漏れ出していた。


(まさか……?)


 無い野は気づいた。

 自らと“分かれた肉体”が、本来持つべき才能の片鱗に。


 翔馬もまた――“見ただけ”でMODOを再現しようとしている。


「チッ……面倒なことになりそうだ。」


 無い野は判断を切り替えた。

「念のため」ではなく「即殺す」必要がある、と。


「クソッッ!来い!!」


無い野がこちらに向かうのを見て与志野は迎撃に打って出る。


「邪魔だ。」


 無い野の横に立ちはだかった与志野は、既に revolver finger を装填している。

 

「おらああぁぁぁ!!!」


 全指から放たれる thousand finger 。

 圧倒的な連射。


 しかし無い野は一歩も速度を緩めなかった。


 全弾を見切り、軌道を読み、体をずらし、指先一つかすらず――

 本当に“見てもいない”まま避け切った。


 そしてすれ違いざま、手刀。


「――ぐっ!!?」


 与志野の身体がくの字に折れ、地面へ転げ落ち、そのまま動かなくなる。

 意識は完全に飛んだ。


 標的はただ一人。

 片鱗を覗かせつつある、危険因子。


「死ね。」


 無い野の拳が振り上げられ、蒼の気が螺旋を描く。

 ただの一撃。

 だが“人間”なら跡形もなく吹き飛ぶ威力。


 拳が翔馬の顔面に届く――その瞬間。


 空気が、抜けた。


 無い野の拳は空を切った。


(……?)


 視界から翔馬が消えていた。


 ほんの一瞬。

 まばたきすらしていないのに。


 背後。


 気配。


 視界の端で蒼い靄が揺れた。


 翔馬は無い野の背中に立っていた。


 その顔は無表情。

 ただ静かに、淡々とした声で呟いた。


「……MODE──」




「─転。」

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