第44話 90秒


「─転。」


 翔馬の身体から、蒼の気が溢れる。


 だがそれは、これまで誰も見たことのない性質を帯びていた。

 黒蒼の濁流を纏う無い野とは正反対――

 澄み切り、眩く、まるで意思そのものが光になったかのような蒼。


 空気が、静かに鳴った。


 地面に散っていた砂粒が、ふわりと浮かび上がる。

 蒼の粒子が翔馬の輪郭をなぞり、筋肉の動きに合わせて脈動する。


(……光……?)


 無い野が一瞬言葉を失う。


 困惑。

 それが即座に警戒へ切り替わる。


(何だあれは……

 蒼の気が……澄んでいる……?)


 無い野は半歩、距離を取った。

 わずかだが、確実に警戒している。


 翔馬は、拳を下ろしたまま言った。


「……皆んなは……俺が守る。」


 声は震えていない。

 怒りでも、恐怖でもない。


 ただ、決意だけがあった。


 無い野は、鼻で笑う。


「……笑わせるな。」


 蒼黒が、より濃く噴き上がる。


「お前は俺の祝福で出来た、欠陥コピーに過ぎない。本物に歯向かう気か?」


 翔馬は答えない。


 だが、構えた。


 呼吸が変わる。

 足の置き方。

 視線の位置。

 蒼の気の巡らせ方。


 それは、Fが見せたMODEとも、無闘のMODEとも違う。


 ――“翔馬の型”。


 無い野は悟る。


(……理解している。

 俺と同じく……視認と説明のみで覚えたか……)


 互いに満身創痍だった。


 無い野の身体には無数の亀裂が走り、蒼黒は噴き出すそばから強引に再構成されている。

 翔馬の肉体もまた、慣れない技にいつまで身体が持つかは分からない。

筋繊維は悲鳴を上げ、肺は焼け付くように熱い。


 それでも、どちらも下がらない。


 無い野は、脳内で冷静に計算を始めていた。


 ――MODE終点マジキチ野


 発動から現在まで……

 およそ、6分30秒。


 蒼の気の湧出量。

 肉体再構成の消費。

 Final Formの残滓。


 全てを加味し――弾き出す。


(……残り、90秒。)


 90秒以内に決めなければ、

 この肉体は“終点”を迎える。


 無い野は、口角を吊り上げた。


「いいだろう……90秒だ。

 その間に――叩き潰してやる。」


 翔馬の蒼が、応じるように一段階、強く輝いた。


 世界が、静止したかのような錯覚。


 風が止み、

 音が消え、

 視線だけが交差する。


 次の瞬間――


 ――衝突。


 音は、遅れてやってきた。


 翔馬と無い野が踏み込んだ瞬間、空間そのものが歪み、爆風が遅れて荒野を薙いだ。

 拳と拳、脚と脚が激突するたび、蒼と蒼黒が火花のように弾ける。


 互いの意地が、正面から噛み合っていた。


(……速すぎる……!全然見えねえ……!)


 無闘の目には、二人の姿はもう映っていない。

 ただ、空間に走る蒼の線と、黒い裂け目だけが戦っている証だった。


 ――制限時間、90秒。


 短い。

 だが翔馬たちにとっては、果てしなく長い。


 翔馬はdouble stepを重ねがけし、地面を蹴るたびに音速を超えて無い野へ迫る。

 視界が歪み、風が悲鳴を上げる。


 だが――


 無い野は、ついてきていた。


 完全に、同速。


 翔馬の拳を受け、脚を弾き、軌道を読んで迎撃する。

 二人は一瞬たりとも優劣のつかない、完全な互角でぶつかり合っていた。


 ――残り80秒。


(……嘘だろ……!)


 翔馬は内心で息を呑む。


(MODEを使って……全力で踏み込んでるのに……まだ……!?)


 翔馬は歯を食いしばり、さらに蒼の気を引き上げる。

 肉体が悲鳴を上げるのを無視し、ギアを一段階、上げた。


 一方、無い野の内心にも驚きが走る。


(半年前まで何も出来なかった落ちこぼれが……ここまで……!)


 だが、その顔に浮かぶのは歓喜だった。


「ハハッ……いいぞ……!全力を見せてみろ!!」


 無い野もまた、速度を上げる。

 蒼黒が噴き出し、身体が強引に“追いつく”。


 その速度は、もはや人の目では観測不能。

 無闘たちには、ただ空間が砕けているようにしか見えなかった。


 ――70秒。


 その瞬間。


 無い野の瞳が、わずかに細くなった。


(……読めた。)


 翔馬の踏み込み。

 重心。

 次に来るタックルの角度。


 無い野は一歩、半身ずらし――


 翔馬のタックルを躱し、カウンター。


 鈍い衝撃。


 翔馬の体勢が崩れる。


「……っ!」


 畳みかけるように、無い野が迫る。


 だが――


「Quattro Step……!」


 翔馬の姿が、四重にブレた。


 無い野の攻撃が空を切る。


 次の瞬間、翔馬は無い野の懐へ滑り込む。


 受けようとした無い野の指はへし折れた。


 バキバキッ、という嫌な音。


「……!」


 無い野は即座に距離を取る。


(速い……だが……一時的だ。)


 蒼黒が指を包み込み、即座に再生が始まる。

 

翔馬はそれを見て焦る。


(やっぱり回復する……!あいつを倒すには一撃で決めるか回復出来ない速さで叩き続けるしかない!)


 ――残り、1分。


 だが、翔馬は止まらない。


 Quattro Stepを連続発動。

 上下左右、死角からの連打。


 無い野は防御に回るが、慣れない速度に対応しきれない。


(……まずい。)


 無い野は判断を下す。


 全身を――無制限の蒼鎧で覆う。


 蒼黒の装甲が重なり、鉄壁の防御が完成する。


 だが――


 翔馬の瞳が、鋭く細まった。


(……一点……!)


 翔馬は狙いを一点に集中。

 同じ場所へ、同じ角度で、蒼を叩き込み続ける。


 ヒビ。

 亀裂。

 そして――


 蒼鎧が、砕けた。


「――っ!?」


 無い野の装甲に、穴が穿たれる。


 その瞬間――


 翔馬の顔が、歪んだ。


 呼吸が乱れ、蒼の光が一瞬、揺らぐ。


無い野の拳が適応出来ていなかった筈の翔馬の脇腹を捉えていた。


(嘘だろ……もう……見切られた!)


 無い野は、僅かな違和感を見逃していなかった。


(……やはりな。)


 翔馬の新たな速度。

 その負荷。

 限界。


 無い野は、もう――適応を終えつつあった。


 蒼黒が、再び膨れ上がる。


「……いい勝負だ、翔馬。」


「くっ……!!」


 残り時間は、刻一刻と減っていく。


 ――終わりが、近づいていた。

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