第34話 人格分裂決戦2

──一方その頃、

崖の向こうでは無い野が翔馬へ歩み寄っていた。


「さて……

 そろそろ“お前”を取り返す時間だ。」


翔馬の背筋が凍りつく。


花野が前に立ち、震える声で言った。


「来るよ……翔馬君……!」


当て野が短く言う。


「一瞬も気を抜くな。こいつは俺達の主だ。」


与志野が拳を握り直す。


「くそ…!やってやる…!俺だって修行したんだ…!」


田野も構えた。


「慎重にいこう……!」」


翔馬は一歩前に出た。


(逃げねぇ……

 俺は……“亜里野翔馬”だ……!!)


無い野の瞳が赤く光る。


「さあ──“俺の身体”を返してもらおうか。」


森を裂くほどの殺気が迫る。


「my only girl Friend!!」


田野の足元から鎖のような光が放たれ、

拘束の縄が無い野を捕えようと絡みつく。


だが無い野の体が“霞”のように揺れ、

縄は空を切った。


田野の目が大きく見開かれる。


「え……っ!?」


「thousand fingerrrr!!」


与志野の腕が光となり、

千の指の連撃が無い野の全身に殺到する。


突きが一斉に叩き込まれるはずだった──。


しかし。


ガシィッ!!


「!!?」


連撃のど真ん中。

無い野は“一本の腕”を掴んでいた。


与志野が絶句する。


(バッ馬鹿な…!速すぎる…!)


次の瞬間、


バキィッ!!!


「ッぐぉ!!?」


無い野の蹴りが腹に突き刺さり、

与志野は10メートル吹き飛ばされた。


「与志野!!」


亜里野が叫ぶのとほぼ同時に花野が両手を広げる。


「──《Flower Garden》!!」


地面に花の紋章が広がり、

半径20メートルの巨大なサークルが展開される。


サークルの縁から一斉にツルが伸び、

無い野に向かって嵐のように襲いかかる。


シュババババッ!!!


だが──


無い野は歩いていた。


ただ歩くたびに、

伸びてくるツルが全て弾け飛ぶ。


音もなく、蹴りも拳も使わない。


“存在そのものの圧”で触れた瞬間に砕かれていく。


花野の額に汗が滲む。


(……通らない……!?)


無い野の眼が花野へ向く。


「もっと楽しませてくれよ。」


「っ……!!」


無い野の指先が花野の喉元へ伸びる──その瞬間。


「させるか。」


「食らいやがれッ!!」


当て野の蹴りと、

翔馬の高速踏み込みによる拳が──


同時に無い野へ叩き込まれた。


――ドガァァン!!!


爆音と衝撃が森に響く。


当て野の回し蹴りが側頭部へ。

翔馬の拳が胴へ。


二方向からの完璧な挟撃。


花野が思わず叫んだ。


「よし──!」


だが。


衝撃の煙の中から、男の声がした。


「……悪くない。」


煙が晴れる。


そこには──


二人の攻撃を余裕の表情で受け止めた無い野が立っていた。


拳も蹴りも、皮膚一枚へ凹みすらない。


当て野の足が震えた。


「…チッ!」


(こいつ……どんだけ硬ぇんだよ……!?)


無い野は軽く押し返しながら呟いた。


「やっぱり……

 三人も人格が揃うと、少しは面白くなるな。」


黒い蒼の気がさらに濃くなる。


翔馬の背中を冷たい汗が伝わる。


無い野の口角がゆっくりと吊り上がった。


「──少しペースを上げる。

 着いてこいよ?」


その言葉と同時に、


バッ!!


無い野がスピードのギアを上げた。


「っ!?」


当て野が反応するより先に、

無い野の姿が目の前から掻き消えた。


次の瞬間。


ドゴォッ!!!


「ぐッッ!!」


当て野の身体が横っ腹を殴られ、

十数メートル吹き飛び木々を砕きながら転がった。


翔馬が叫ぶ。


「当て野!!」


しかし休む暇など与えない。


無い野が次に狙ったのは──翔馬。


赤い目が射抜くように光る。


(来る──!)


ギュッ──ッ!!


翔馬の足元に蒼の紋章が一瞬にして浮かび上がる。


「Quattro Step!!」


四段階の加速が重なり、

翔馬の姿は青い残像の乱舞となった。


無い野の拳が空を裂く。


バゴォッ!! バギィッ!!


弾丸のような拳が迫るが、

翔馬はギリギリの軌跡で滑り抜けながら反撃を叩き込む。


「らぁあああッ!!」


ゴッ!! ガガガガッ!!


無い野の顎へ、腹へ、肋へと連打が走る。


二人の動きは音より速く、

森の空気が振動で歪んだ。


花野が思わず息を呑む。


「互角……!?翔馬君が……!」


だが──


「やはりこんなものか。」


無い野が一歩“踏んだ”。


それはただの踏み込み。

だが、地面が砕け、翔馬との距離が瞬時にゼロになる。


「っ──!」


ドガァッ!!!!!!


無い野の拳が翔馬の腹を捉え、

翔馬の身体は後方の巨大な岩へ叩きつけられた。


岩壁が蜘蛛の巣状にひび割れる。


「ぐっ……!!」


バシュウッ!!


翔馬の全身に青い光が走り、

蒼の気の膜が展開される。


(攻撃される箇所……蒼鎧で……防いだ……!修行した成果が出てる…!)


翔馬は崩れ落ちながらも、かろうじて立っていた。


無い野が腕を下ろし、つまらなそうに言う。


「蒼鎧で衝撃を逃がしたか。

 まあ、その程度はできるよな……俺の身体だし。」


「……黙れよ……!」


翔馬が歯を食いしばり構え直したその時。


無い野の視界を遮るように──

花野が無い野の“正面”に立っていた。


「フッ、来いよ花野。」


花野は震えていた。


だが──瞳は揺れていなかった。


「………」


地面に複雑な花弁の紋章が描かれ始める。


「Flower Garden。」


花野の足元から一斉にツルが伸び、

周囲の大地を覆い始めた。


ツル、花、草木が渦巻き、

巨大な“植物のドーム”を形成する。


ザザザザザッ!!!


そして中央の花弁が黒く染まり、

蕾が膨れ上がる。


「…………《ラフレシア》。」


ブシュウウウウウ……!!


圧縮された毒の霧が一気に広がり、

ドーム内部を濃い紫のガスが満たしていく。


「…毒か……。」


外からは見えない。

中で何が起きているのかも分からない。


「いくら無い野でも毒なら……!」


無い野の影が揺れる。


「……面白い試みだ。

 成功すると良いな。」


そう言うと体内に蒼の気を凝縮させ始める。


「……!?何を……!」


次の瞬間。


無い野の胸元で、

蒼の気が“爆ぜた”。


ドッ──ン!!!!!


爆発的な蒼気の衝撃が中心から放たれ、

植物のドームが“外側へ”破裂するように吹き飛ぶ。


花、ツル、毒の霧、

すべてが跡形もなく弾き飛ばされた。


巨大な木々すら根こそぎ倒れる。


花野も後方へ転がり、地面を滑った。


「ガハッ──っ!!」

蒼の風が吹き荒れる中、

無い野は中心でただ一人、微笑んで立っていた。


「次は──誰だ?」


黒い蒼の気が全身から立ち上る。


その姿はまるで“災害”だった。

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