第31話 吸収

「さて。まあとりあえず……亜里野に近づく目的とか…その他もろもろ…知ってる事教えて貰おうか?」


皆殺死野がボロボロの身体で後ずさる。


無闘が歩み寄るたび、皆殺死野の肩がビクリと震えた。

蒼の気はひび割れたガラスのように不安定で、

今にも暴走して自壊しかけている。


「……終わりだ。」


無闘は皆殺死野の頭を片手で掴もうと手を伸ばす。


そのとき――


「やめておけよ、無闘。」


風も気配もなかった。


「………!?」


影が一つ、無闘と皆殺死野の中間に“突然”立っていた。


無い野。


翔馬の姿をしたまま、しかし中身は完全に別人の“あの人格”。


無闘は眉をひそめる。


「……来たか。亜里野の別人格。

無い野…だっけ?」


「別人格じゃない、俺が主人格だ。あんな凡人が主人格なんて…笑わせるなよ。」


無い野は片手を軽く挙げ、冗談めかした笑みを浮かべた。


「こいつの気配が馬鹿みたいに騒がしいせいで、

 場所もすぐわかった。」


皆殺死野は震える声で無い野を呼ぶ。


「……な、無い野……助け……」


無い野はゆっくりと皆殺死野の前にしゃがみ込む。


指先で、優しくその肩を叩いた。


「気にするなよ皆殺死野。

 お前も俺も……同じだろ。」


皆殺死野は息を詰めた。


無い野は続ける。


「封印されて、押し込められて……

 惨めな月日を過ごしてきた“仲間”じゃないか。」


その言葉に、

皆殺死野の顔に、わずかな安堵が浮かんだ。


「……あぁ……そうだよな……

 俺と……お前は……」


油断が、生まれた瞬間。


無闘の表情が微妙に歪む。


(やべぇな……)


と、呟いたその刹那。


無い野の腕が“消えた”。


次の瞬間――


ズブッ。


鈍い音とともに、皆殺死野の胸を“背中側から”貫いていた。


皆殺死野の目が大きく開く。


「…………あ……?」


無い野は表情一つ変えず、

皆殺死野の胸を貫いた腕をさらに深く押し込みながら言う。


「同じ同志として…肉体を共にしよう。」


一気に蒼の気が吸い上げられる。


皆殺死野の蒼は悲鳴のような音を立て、

無い野の身体へと流れ込んでいった。


皆殺死野の声は、もはや叫びにもならない。


「……や……め……無い……っ……野……」


無い野は酷く優しい声で告げた。


「暴れるだけの無能はいらない。」


皆殺死野の身体はみるみるしぼみ、

蒼の気が全部抜き取られた抜け殻のようになっていく。


“殺意”という人格が、存在そのものごと失われていく。


最後に、無い野が一言だけ呟いた。


「……ありがとな。

 これで一つ、戻せた。」


皆殺死野は抵抗する間もなく蒼の霧となり、

無い野の胸へ吸い込まれ消えた。


そこには、もう何も残らなかった。


無闘は冷たい眼で無い野を見る。


「……最初から、そのつもりで来たな。」


無い野は肩をすくめる。


「まぁな。

 こいつは弱いし、吸収しやすい。

身体を与えられたら真っ先に亜里野に復讐しに行くと思ったよ。」


翔馬は震えながら見つめていた。


自分のコピーのような姿をした男が、

平然と仲間を殺し、吸収し、

それを当たり前のように処理している。


(これが……俺の中にいた人格……?

 こんな……ヤツらが……?)


無い野は翔馬を見ると

ゆっくりと、気味の悪い笑みを浮かべた。


「亜里野…せいぜい余生を楽しむんだな。

お前は必ず苦しませて苦痛を与えてから吸収する。」


空気が再び重くなる。


物語は、もう後戻りできないところまで来ていた。


無い野は一度だけ翔馬たちを見下ろし、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「今日はもういい。

 まだ最終調整も終わってない。」


蒼を引きずるようにして、無い野の姿は森の中へ溶けるように消えた。


ただ、残った空気は最悪だった。


翔馬は足が震えていた。

戦闘の緊張ではない。

“自分の中から生まれた怪物”への恐怖だった。


無闘が肩を叩き、短く言う。


「行くぞ。修行の続きだ。」


「……今の見たばかりで……できるのかよ俺……」


「できるまでやんだよ。」


それだけ言って、無闘は森の奥へ歩く。

翔馬たちも、汗と震えを拭いながらついていった。


あの日の修行は、地獄の本当の入口だった。



「1週間…意外と早かったな。」


翔馬は息を整えながら拳を握る。


「……やれる。前より身体が軽い。」


与志野も額の汗を拭う。


「俺も……蒼の気の流れ、だいぶ分かってきたよ。」


田野は腕を伸ばしながら言う。


「俺も……多少は戦場で動けるようになった気がする……」


無闘が頷く。


「じゃあ次だ。明日から

 残りの人格と、蒼気たちを探しに行く。」


Fも指を鳴らした。


「無い野が動いてない今のうちに、

 残りの人格を探さないと危険だよ。」


翔馬は決意を込めて答えた。


「……行こう。」


亜里野達は修行を完了し、明日の為今日は早めに帰り休憩することになった。


夕暮れの坂道。


修行を終えた帰り道、翔馬と与志野は二人だけで寮へ向かって歩いていた。


「あー……腹減ったな……」


「俺も……帰る前になんか買って行こうか?」


そんな平和な会話をしていた、その時。


ふいに“花の香り”が吹き抜けた。


季節外れの甘い匂い。


翔馬が振り返ると──


そこに、

花の花びらを纏った柔らかい雰囲気の少年が立っていた。


髪には自然と色とりどりの花が咲き、

目は優しいけれどどこか空虚。


「……こんばんは、主人格さん。」


与志野が息を呑む。


「こいつ……翔馬の……?」


花びらの少年は柔らかく笑った。


「僕は《Flower Garden》──花野。

 君の人格のひとりだよ。」


そして、もう一つ。


後ろの電柱の上から、

ひゅっと影が降りてくる。


鋭い目。


「《Sniper》──当て野。

 今日は敵意はない。」


亜里野は思わず構えてしまう。


「……お前ら……何のためにここに……?」


花野はそっと手を胸に当てた。


「無い野を、止めたい。

 あいつが全部吸収したら……

 下界も…神界も大変なことになる。」


当て野も続ける。


「俺たちは“敵”じゃない。

 お前たちと協力しに来た。」


二人の瞳には嘘がなかった。


だが翔馬の胸はざわつき、手が震える。


自分の人格が、仲間として目の前に立つという現実。


(……こいつらが……協力……?

 どうすりゃいいんだよ……)

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