第3章 人格分裂編

第26話 無い野

蒼気が静かに歩み寄る。


無い野は微動だにせず、

ただ蒼気の掌が自分へ触れるのを待っていた。


「始めるよ……無い野。」


蒼気の指先が翔馬の胸へ触れた瞬間──


蒼の気が逆流した。


ゴウゥッッ……!!


廃工場の空気が一気に重くなる。


蒼気は目を閉じ、深く息を吸った。


「……見える。

 亜里野翔馬の蒼の気……いや、これは……」


その表情がわずかに強張る。


無い野が低く呟いた。


「そうだ。

 この身体に居るのは──俺だけじゃない。」


「……どういう意味だ?」

与志野が息を呑む。


無い野はゆっくりと視線を上げた。


「人格が……7つほど存在する。

 俺はその一つだ。」


「7つ……!?」

田野が声を失う。


蒼気は額に汗をにじませながら、

さらに深く蒼の気の流れへ意識を沈めた。


「確かに……いる……

 深層、第二層、第四層……完全に分裂した意識が複数……」


無い野は淡々と続ける。


「俺はたまたま浮上できた“個”。

 他はまだ眠っているが──

 亜里野の肉体の蒼の気への慣れ…浸透…そして意識の消失…あらゆる条件が揃ったことで俺だけが表へ出た。」


多い死はその言葉に薄く笑った。


「やはりね。

 君の器は“1人分”では足りない。」


蒼気が集中を深めようとしたその時──


金属片が転がる音。


「………………!」


全員が振り返る。


そこに、血まみれの少女が立っていた。


フンペチ。


右腕は折れ、片目は塞がり、

それでもその瞳には激しい怒りが燃えている。


「……っ……殺す……!!」


多い死が小さく眉を寄せる。


「まだ生きていたか。」


フンペチはふらつきながら蒼の気を纏う。


「抹殺斗様を……よくも……!

 貴様ら……許さない!!」


叫ぶなり、無い野へと跳びかかる。


だが──


「…心苦しいものだね。」


多い死が一歩踏み出し、


指先でフンペチの額を“軽く”叩いた。


コツン。


その瞬間、フンペチの全身が“蒼に飲まれた”。


ズガァァァァァンッ!!!


床が陥没し、

フンペチの身体は地面に沈み込んだまま動かない。


一撃。


「我が生徒を殺すのは。」


田野が乾いた声を漏らす。


「……え?」


多い死は軽く手を払う。


「後処理役が前に出るべきじゃない。」


蒼気が即座に作業へ戻る。


「すまない、少し揺れた。

 無い野──始めるぞ。」


蒼気の蒼の気が翔馬の身体に深く潜り込む。


ゴゴゴゴゴ……!!


内部から複数の脈動が響き始めた。


蒼気の声が震える。


「……見つけた……!

 人格……6つ……

 ここに……居る!」


無い野は黙って頷いた。


「やれ。」


蒼気が拳を握り──


「封印解除。」


蒼の気が爆発するように翔馬の身体から放たれた。


眩い光が工場を満たし──


次の瞬間。


“人影”が次々と翔馬の身体から抜け出した。


ぼとり。

ぼとり。


蒼の靄に包まれながら、

6人の影が床に落ちるようにして現れた。


皆、息を吸った瞬間──


走り出した。


各方向へ、まるで本能で逃げるかのように。


多い死が呟く。


「……散ったか。」


蒼気は肩で息をしながら頷く。


「人格が外へ出たことで……一応、肉体の負担は軽減された。

だが──」


最後に残ったのが“無い野”。


彼はゆっくりと膝をつく翔馬の身体を見下ろした。


「……終わったか。

 感謝する、蒼気。」


蒼気が微笑む。


「礼はいらん。

 君は君で──」


その言葉の途中で。


空気が裂けた。


「遅かったか……!!」


「私達抜きで何してるの!!それは違うよ!!」


二つの影が工場に飛び込んできた。


無闘。


否定者F。


何野四天王の二人。


田野が驚愕する。


「なっ…!あいつら…!何野四天王の…!!」


多い死の顔から笑みが消える。


無い野も表情わずかに険しくした。


Fが指を突きつける。


「ねぇ!何で!何で抹殺斗とフンペチ死んでるの!」


無闘は肩を揺らしながら笑う。


「いやギリ生きてるっぽいぞ…てか全員勢揃いだな。」


多い死が舌打ちする。


「……今はまずい。」


蒼気も頷く。


「無い野、退くぞ。」


無い野は一度だけ翔馬の身体を見つめた。


無表情のまま、

しかしどこか名残惜しさを滲ませながら──


「……分かった。」


地面が揺れ、

無い野、多い死、蒼気の三人が一気に跳躍する。


天井の穴を破って外へ消える。


無闘と否定者Fは追うか迷いながら叫んだ。


「おい待てよぉぉぉ!!」


「馬鹿!待てF!追わなくていい!」


その言葉にFが止まる。


残されたのは──


気を失った翔馬。


呆然と立ち尽くす与志野と田野。


そして、

地面にめり込み沈黙する抹殺斗とフンペチの身体だけだった。

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