第25話 監視
二人の蒼の激突で、廃工場が何度も軋んだ。
抹殺斗は拳を連打し続ける。
蒼鎧を限界以上に展開し、
だが翔馬は——
一切効いていなかった。
掠りもしない。
触れたとしても蒼の防御が無音で殺す。
抹殺斗は焦りで呼吸を乱しながら、
距離をとろうとするが——
翔馬の指が軽く弾かれただけで、
抹殺斗の視界が“裏返った”。
「……ッ!?」
首を掴まれていた。
いつの間にか、翔馬が真正面にいた。
抹殺斗は祝福を至近距離で発動する。
バシュウゥッ!!!
だが翔馬は顔を横に向け、
光線を“避けるのではなく流した”。
抹殺斗の背後の壁が音もなく消滅する。
翔馬は掴んでいた手をゆっくり握りしめ——
「がっ……!!」
抹殺斗の膝が折れる。
骨が軋む音が響いた。
翔馬はそのまま抹殺斗を地面に叩きつけた。
ドガアアアアアンッ!!!
コンクリが大きく陥没する。
「くっっ!!!」
抹殺斗は必死に蒼鎧を張るが、
翔馬はその上に片足を置き、無造作に踏み抜いた。
ミシィッ。
「……なっ……」
蒼鎧が砕けた。
「あり得……ない……」
抹殺斗の顔が恐怖で染まる。
翔馬は無表情のまま、
抹殺斗の胸に掌を軽く添えた。
「少し痛むぞ。」
次の瞬間、翔馬の蒼の気が抹殺斗の体内に流れ込む。
「ぐああああああああッッ!!」
抹殺斗の身体が盛大に跳ね上がり、
無様に回転しながら吹き飛んだ。
壁ごと突き破り、奥の鉄骨に叩き込まれる。
ゴガァアアアアンッッ!!
蒼の鎧は完全に消失。
抹殺斗は血を吐きながら、力なく崩れ落ちた。
動けない。
翔馬が一歩、また一歩と歩み寄る。
抹殺斗の顔面に影が落ち——
翔馬の指がゆっくりと抹殺斗の額へ向く。
「やめっ——」
ドンッ。
小さな音。
抹殺斗が壁にめり込んだまま沈黙する。
完全に、戦闘不能。
廃工場は静寂に包まれた。
──その時だった。
高所の鉄骨の上。
誰も気づかない場所で、それを“見ていた”男がいた。
黒いコート。
白い仮面。
足音も気配も一切無い。
男はじっと翔馬を見下ろし——
「……遂に目覚めたか。」
“独り言”のように呟いた。
翔馬の蒼の気が、まだ揺れている。
抹殺斗を倒した直後とは思えない、異様な静けさ。
そして──
遠くから足音が聞こえた。
「翔馬ァァァ!!」
「翔馬、無事かッ!?」
与志野と田野が駆け込んで来た。
ボロボロの身体で、息を切らしながら。
だが二人は目にした光景に絶句する。
廃工場の床は沈み、
壁は抹殺斗の祝福で消失し、
抹殺斗本人は壁に埋め込まれて動かない。
そして中央に立つのは——
血が消えた翔馬。
別人のような蒼の気。
その背中が、まるで怪物だった。
「しょ、翔馬……? 本当に……翔馬か……?」
田野の声が震える。
翔馬は答えない。
その時だ。
「……やあ。」
軽い声がした。
三人が振り返る。
いつの間にかそこに立っていた“仮面の男”。
距離五メートル。
誰も気づかなかった。
翔馬の背後に立つほどの、
完全な“気配の消失”。
与志野が即座に構える。
「誰だ……!」
仮面の男は首を傾けた。
「誰だ?君達のよく知っている人物だよ。」
「え…?」
田野が思わず声を漏らす。
仮面の奥で、口角が上がった。
「体育祭をサボってこんな所で決闘なんて——」
男は仮面に手をかけ、ゆっくりと外す。
「教師としては感心出来ないな。」
その男は多い死。
亜里野達のクラスの担任だった。
「は…?え…多い死…先生…?」
二人の生徒は呆然と立ち尽くし、
翔馬だけがその男を、無感情な瞳で見つめていた。
「……神界の人間か。」
多い死は微笑む。
「さて……翔馬君。
いや、無い野と呼ぶべきかな?」
翔馬の蒼の気が、わずかに揺れた。
廃工場の空気が、再び重く沈む。
——物語は、さらに深い段階へと進み始める。
廃工場に重い空気が落ちる。
翔馬──いや、“無い野”が無表情のまま多い死を見据えている。
与志野と田野は状況を理解できず、ただ息を呑むしかなかった。
多い死は仮面を指先で弄びながら、淡々と口を開いた。
「さて……そろそろ説明してあげないといけないね。
君たち生徒にも、そして──“亜里野翔馬の主人格”にも。」
「主人格……?」
田野が震える。
多い死は軽く笑う。
「私はね、教師なんかじゃない。
正確に言えば──教師の“ふり”をしていただけだ。」
与志野が叫ぶ。
「じゃあ……本当は何なんだよ!」
多い死は目を細めた。
「亜里野翔馬の監視員だよ。
彼の“本当の祝福”が開眼するのを見届けるためのね。」
沈黙。
かすかな振動音だけが工場の隅で響く。
田野は声を失い、与志野がぎりっと歯を食いしばった。
「翔馬の……“監視”……?
何言ってんだ……意味がわかんねぇよ……!」
「わからなくて当然だよ。」
多い死は肩をすくめた。
「彼は普通の祝福者じゃない。
選ばれ者なんだよ。」
その言葉に反応したように、
無い野の蒼がゆらりと揺れる。
多い死はその様子を見て満足そうに頷いた。
「今の“無い野”は、亜里野翔馬が一時的に肉体を手放しているから意識を奪えているだけだ。
いずれ亜里野の意識が戻れば……君はまた深い所に沈む。」
無い野は瞼を少しだけ閉じる。
「……分かっている。」
「だから時間がない。
お前をその身体から解放し──
さらに、お前を捨てた神界の連中を見返す手助けをしよう。」
その瞬間。
空気が変わった。
神界──
聞いただけで別世界の話だ。
与志野と田野は完全に理解の外の話についていけず、ただ立ち尽くす。
「神界……?
捨てた……?
解放って……どういう……」
田野が呟いたが、その声は震えていた。
多い死はそれには答えず、
工場の入り口方向へ視線を向けた。
「来たね。」
足音が一つ。
静かに、確実に近づいてくる。
与志野と田野は反射的に構えた。
薄暗い廃工場の入り口。
そこから姿を現したのは──
「……すまない、遅れた。」
光の差す中へ歩み出たその男を見た瞬間、
二人の目が大きく見開かれた。
「……え?」
「蒼気……先生……!?」
与志野と田野が尊敬している教師。
優しく、強く、常識的で、
生徒想いの良き指導者。
その蒼気が、
全く別の気配を纏ってそこに立っていた。
蒼気は二人に軽く微笑む。
いつもの柔らかい顔、のはずなのに──
どこか冷たく、深く、遠い。
「驚かせてしまったね。
だが……本性は隠していたんだ。
私は多い死と同じく──亜里野翔馬の監視員だ。」
「……な……」
言葉が続かない。
蒼気は多い死の隣に並び、
無い野へと視線を向ける。
「無い野。
君がようやくここまで浮上できたのは良い兆しだ。
だが……まだ完全ではない。」
「……分かっている。
亜里野が戻れば……私は消える。」
「だからこそ。」
多い死が微笑む。
「今のうちに──君を身体から引き剥がす。
お前を“神界の捨て子”のまま終わらせはしない。」
蒼気も言葉を継ぐ。
「二人でやる。
監視員として……この瞬間を待っていた。」
無い野の蒼が、深く、重く脈動した。
それは肉体から漏れ出す“蒼の底”のようだった。
翔馬の身体の中で、
何かが──目覚めかけていた。
与志野は息を呑む。
「……どうなってんだ……翔馬……」
工場内の全員が見守る中──
無い野、多い死、蒼気。
三つの異質な蒼が絡み合い始める。
その瞬間から、
“世界”が変わり始めた。
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