第2話 好奇心

猫だったらとっくに死んでいたであろう遥の好奇心をもってしても判明していない。遥が好奇心のままに暴走するのを昔は止めていたはずなのに、今はすっかり影響されて遥と二人で各部屋を回った。知り合いもそうでないのも一様に「物好きだね」と笑いながら知らないと答えた。

段々自分が寮長なのではないか、寮長は夢遊病の誰かなのではないかと疑いながら、段々自分たちが何部屋回ったのかわからなくなりながら疲れて諦めた。寮というのが迷路のような作りで、何度試しても、自分が何階のどこにいるのかよくわからない。毎回地図を作製したが、毎回違う地図が出来上がる。もはやどうして自室にたどり着けるのかのほうが謎だ。

桜と葵は綾乃たちが好奇心を暴走させている場面に出くわすと止めようとする。君子危うきに近寄らずがモットーというわけでもないだろうが、二人は綾乃たちを真剣に心配しているのだ。もしかして何か知っているのかもしれないし、綾乃たちはこの二人のうちどちらか、あるいは両方が寮長なのではないかと疑っている。

それで、部屋が呪われたという理由で一週間泊まり込みをしたのだが、あやしい部分はなにもなかった。夜中も遥と交代で起きていたのに、二人ともしっかり寝ていた。一週間で騒ぎすぎて追い出されたけど。

とにかく、寮長の正体は謎のままだ。

綾乃は遥を見た。当分起きそうにない。退屈だけど、疲れて寝ているのを起こすような鬼ではないので、買い物に行くことにした。

ここでは唯一の娯楽といっていいだろう、ショッピングモールは十時から二十時まで営業している。店員を見たことはないが、毎日新商品が入っている。文具店、本屋、雑貨店、衣類、インテリア、食料品、まあ大体のものが買える。遥は日用品には一切興味がなく、パズル、喋る人形、様々な形のランプ、革細工のキット、カラフルなペンなどを買ってはすぐ飽きている。

遥は退屈で仕方ないのだ。ここでの生活が。

綾乃は比較的楽しんでいる。正直に言えば、遥が退屈過ぎて投げ出している生活を補うのは楽しい。

美容院はないけど、そういうのが得意な友達に頼んでいる。遥が面倒がってくるくるの髪を長く跳ねさせていたのも可愛かったけど、苛々した遥が文具のハサミで切ろうとしたので、森美樹に頼んで切ってもらった。

美樹は美容が趣味だ。髪を切ってもらう代わりに二人ともフルメイクされた。

「遥は、あんまり色味のあるものは使わないで、ベースメイクに力を入れて。綾乃は早くメモとって」

「もう一回言って」

「綾乃は口紅がこれね」

ちゃんと綾乃は指定された化粧品を買いに行った。美樹は綾乃にもトリートメントしてくれる。遥の天使のようなヘアスタイルを維持するために、綾乃は月に一回美樹を訪れた。遥はおとなしく本を読んでいる。遥も綾乃の世話焼きに慣れているということだ。

遥の顔に化粧を施す時もおとなしい。

教師がいないのに校則はあって、不純異性交遊禁止、敷地内から出ないこと、寮長に従うことの三つがある。だから、気分によっては化粧をするし、制服を着ない時もある、まあ気分の問題だ。毎日同じ場所で同じメンバーと顔を会わせるわけだし。それから異性は存在してない。少なくとも肉体的には。それ以上のことは知らない。ただ、恋愛関係にある生徒は結構いるし、まあ普通なんじゃないかと思う。ずっと一緒にいるんだし。校則を作った誰かも同性の交遊は普通のことだから特に何も書かなかったんだと思う。

ただ、遥が誰かに告白されたりすると気になってしまう。下級生にもてるから。誰かと付き合ってもいいけど、綾乃を一番にしてくれないのは困る。幸いなことに遥は今のところ全部断っている。

遥は外見から想像されるより甘ったれなので、王子様のような役割を期待されるのが困るのだと思う。時々綾乃のベッドにもぐりこんで「頭なでて」と甘えに来る。可愛い。

基本的には気分屋で、好奇心の権化で純粋だけど、綾乃の言うことには比較的従う。人間にはなにかを可愛がりたい欲求が存在すると思う。それを子育てという形で満たす人はいるだろう。綾乃は子供なんて嫌いだし、一生責任がついて回るのも重苦しいし、苛々したら虐待しそうだから絶対にやりたくない。下級生たちはどちらかと言えば戦友だし、お姉ちゃんたちへの恩があるし、常に世話をしなきゃならないわけでもないからまあまあかわいがれる。子供は持たないけどペットや植物を世話する人もいるし、綾乃にとっては遥だったんだと思う。一生かわいがりたい。

かわいい遥は寝ているので、隣室を訪ねた。桜と葵は友達だ。遥に持つような執着を持っていないという意味で。

「ねえ、買い物行かない?」

ノックの音に出てきた二人は顔を見合わせた。似てる。顔の作りは違うのに表情がすごく似てる。

「どうする、桜?」

「いいと思うけど」

「着替えるから中入って待ってて」

葵の机の椅子に座る。机の上には参考書、問題集、ノート。さすが隙がない。

「勉強の邪魔しちゃったかな」

桜が振り向く。

「べつにいいよ。それより遥はいないの」

「寝てるから、退屈なの」

なるほどね、と二人は言いながらも別に批判もされない。だって自分の同居人が一番好きなのは全員同じだから。だから、相手に用事が入った時に別の誰かに埋めてもらうのは誰でもやってる。桜と葵はあまりそういうことをしない。一人で過ごしながら待っている。これは二人の生き方なので、特に他人に強要もしないし、批判もしないし、穴埋めには付き合ってくれる。綾乃は二人を利用している自覚があるので、お礼を言うし、たびたびプレゼントを送る。向こうも嫌なら断るので、それなりに仲良くできてるんだと思う。

昔、断れない子がいた。誰だったか、表情の読めない……。

「お待たせ」

二人に顔をのぞき込まれた。髪型がいつも同じだからか時々見間違える。どっちがどっちだったかなと考えていたら

「行かないの?」

と空洞に反響するように二人の声が重なった。

「行く。遥に何か買ってあげなきゃ。今日はいい子だったから」

「へえ、なにかあったの」

「小さい子の相手してたみたい。よくわかんないけど走り回ったらしい」

「ああ、綾乃はあんまり好きじゃないもんね」

「うーん、気合い入れないとなかなか」

「私たちは、気合いを抜いたほうがいいんだろうね。説教臭くて近寄ってこない」

桜と葵は真面目一辺倒で、勉強ならよく見てくれるが、礼儀にもうるさいし、問題集を何度でもやらせるから子供にはあまり人気がない。たまにおとなしそうな子が背筋を伸ばして、教えを請いに来る。しかも毎回、断られたらこの世の終わりとでも言いたげな悲愴な顔をしている。何度か代わりに桜たちを呼んでやったら、腰から九十度に折ってお辞儀をされた。三つ編みのかわいい子だった。

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