何度でも、わたしたちが
@tanisu_12
第1話
綾乃はもうすぐ高校三年生になる。高校生活最後の春休み中だ。とはいえ、全寮制の学校で周りには何もなくて、外出も禁止なのでさほど特別感はない。長い髪を指に巻き付けながら机に頬杖をつく。四階の窓から見える景色にはいつもさほど変化はない。
綾乃は物心ついたころからここにいたし、それは全員同じだった。大部屋で育てられていて、小学校にあがって二人部屋になった。遥とはその時からの付き合いだ。
遥と仲がいいのは部屋が同じだからだけではない。感性も趣味もまったく一緒というわけではないのに気が合う。倫理観が近いのかもしれない。だけど、これは当然のことだ。自分たちだけではなく、寮生全員が仲のいいもの同士で同じ部屋に暮らしている。小さなころから気が合ったのかもしれないし。ずっと一緒にいれば仲良くもなる。
正直言って小さい頃のことなんて覚えていない。遥と仲が良かったかも曖昧だけど、とにかく今はうまくいっている。
小学校に入学してから、黒いワンピースの制服を着て全員同じ白いパジャマを着て、休日にも全員同じ黒い服を着ていたが、中学生になってから小遣いが増やされ、衣類を自分で買うようになった。
外出は禁止だから、敷地内にあるショッピングモールだ。小学生まではお菓子を買うくらいだったが、別に入るだけならどこの店でも入れたので、上級生の買い物について行ったりした。
基本的に生活の面倒を見てくれたのは、上級生のお姉ちゃんたちだったので、暇さえあればくっついて回るのだ。当然今は、くっついて回られる側で、春休みとあってここぞとばかりに子供たちがやってくるのを遥が外に連れ出していた。綾乃は室内で静かに過ごす子供の相手をすることが多い。
たしか昔自分もたまに入れてもらえる、きれいな物で溢れたお姉さんの部屋に憧れた。普段は当番のお姉さんが子供部屋に来るので、お姉さんの部屋に入れてもらえるのは特別な時だけだった。
お姉さんたちはみんな優しかったけど、それぞれの生活や勉強もあったから、そんなに長くは一緒にいられない。寂しかったけど、わがままを言って困らせるといっしょにいる時間は減らされる。そういうのは寮長が決めていた。
寮長は直接子供の世話をせず、それぞれの服サイズに気を配ったり、日用品の配布量を決めたりしていた。あとは罰則を決めたり、良い行いをするとご褒美がもらえる。罰則は一人部屋への移動と、罰の程度によって部屋から出られず、誰とも話してはいけない。時間になって鍵が開けられるまで、一人で過ごす。その間見張りはいないが、誰もその部屋に近づかない。寮長は恐ろしい存在だった。
ご褒美は布張りの立派なノートがもらえる。中は普通のノートなのに、目が眩むほど欲しくなる。綾乃も何冊か持っているが、今も使えずにしまってある。遥はさっさと落書き帳にしていた。遥は昔から寮長や教師にかけらも興味がなかった。怖くもないし、平気で何日も隔離されていた。
病気をすると寮長が薬を部屋の前の籠に置いていく。薬がどこから来るのかは知らない。医者らしき人物には会ったことがない。高校では医学を学ぶコースもあるので、その履修生の誰かなのかもしれない。
とにかく、教師は勉強を教える時に音声であらわれるだけで、どこにいるのかすら知らなかった。姿を見たことはなく、大人と言えば、高校生のお姉さんなのだ。
それから男性を見たこともない。綾乃が性別を理解したのはいつだっただろう。綾乃たちにとってここが世界のすべてなので、老人もイメージしにくい。教材に出てくる写真やイラストで曖昧に知っているが、果たして初めて男を見た時男だとすぐに理解できるものだろうか。
外の人たちがどうやって暮らしているのか、いるのかいないのかもよくわからないが、人間の半分は男だという。信じられないような途方もない話だと思う。わざわざ二種類の人間が必要なのだろうか。ここでの生活はなにも困らないというのに。
「疲れた」
遥が帰ってきた。
「なにしてたの」
「わかんないけど、ひたすら走ってた」
緑のタータンチェックのズボンに、白いセーターの遥はさすがに暑いのか、セーターを脱ぎ捨てるとベッドに転がった。短い天使のような巻き毛が乱れている。
「寝るなら着替えたら」
「面倒くさい」
綾乃は遥のズボンを引き抜くとパジャマを着せてやった。手伝ってやると素直に着替える。パジャマを含めて遥の衣類はすべて綾乃が買っている。遥は着るものに一切の興味がなく、放っておけば真冬にTシャツ一枚で過ごして風邪をひいて寝込み、綾乃に看病させるまでがセットのような人間だ。綾乃は遥を溺愛しているので、おそろいの服を買い、遥が自分では選ばないであろうフリルのついたパジャマを着せた。フリル付きのパジャマを着たかわいい遥はあっという間に寝入ってしまった。天才的に寝つきがいい。綾乃はとにかく寝つきが悪いが、一度寝たら全然目が覚めない。昼間も眠い。夜遅くまで起きて課題などをしているが「寝るのが遅いから起きられないんじゃないの?朝早く起きて課題やれば」と遥に言われ、試したことがある。寝る時間が何時でも朝には起きられないことが判明した。遥は毎朝綾乃を起こすのに四苦八苦しているが、もう最近では自力で起こすのを諦めて隣室の扉を叩き「今日もよろしく」と三谷桜と真木葵を連れてくる。この二人は背が高く、仏様のような優しげな顔で頼りにされている。だから毎朝綾乃たちの部屋まで来て、綾乃をひょいと抱えて、床に立たせるのだ。さすがに起きる。以前それでもなお寝ようとしたら、あっという間に着替えさせられ、そのまま教室に椅子まで運ばれた。大変周りの目が痛かった。
桜と葵はその隣で復習した内容につて議論を始めていたし、高次元の存在のようだった。遥はサンドイッチを食べていた。学食は昼と夜しかやっていないのだ。
「私の分は?」
「ないよ」
まあ、各自で用意するものだが、さっぱりしすぎだと思う。桜と葵は寮に備え付けの台所で、いつもなにか作り置きしておいてくれるが、食べるかどうかは各自に任せているのだ。面倒見がすごくいい。そして綾乃の扱いが雑だ。まあ、朝くらい自分で起きてほしいのだろう。でも仕方ない。起きられないんだもの。
授業は映像と音声で行われる。多分教師が解説しているが見たことはない。テストはいつの間にか採点され、部屋に届く。テストの回収と配布は寮長が行うから、寮長は教師に会っているのかもしれない。気になることは気になるけど、寮長とは関わりたくない。
遥は聞きに行ったが寮長に会えないらしい。部屋はいつも留守なのに、必ず鍵がかかっている。
子供たちの評価をどうやって行っているのかもわからない。顔もわからない。でも怖いのだけは確かなのだ。
寮長は最高学年の生徒が務めるから、今は綾乃の同級生が就任しているはずだが、それが誰なのかはわからない。一つには生徒の人数が多すぎて、全員を把握しきれないことがあるが、それにしたってなんの噂も流れてこないし、どうやって寮長が決まるのかもわからない。
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