⓪-4 日常の崩壊
レイスは事前に異変を捉えると、反射的にドアをロックした。警報は尚もけたたましく、ラーレたちを逆なでした。
「この警報……。奇襲ってこと?」
「ええ。間違いないでしょう。警戒を怠らないで下さい」
厳重なアウローラが、簡単に奇襲されるはずがないと思っていた。
レイスは机の引き出しから一丁の拳銃を取り出すと、ラーレに手渡した。レイスに整備を頼んでいた、ラーレの拳銃だ。ラーレは黙って頷くと、弾数を確認する。全部で六発入っている。ラーレにとって、実践は初めてである。
警報が鳴りやみ、辺りは静寂に包まれた。緊張の張りつめた世界へと変貌していく。二人は無言で頷きあった。
先の警報は、誤報ではない。自然と拳銃を握る手に力が入り、じんわりと汗が込み上げてくる。
「殺気が幾つもある……。周りは静かだね」
「油断しないで下さい、扉を開けます。出来ることなら、ここから脱出を」
普段通りの丁寧な口調のレイスの声色は、非常に重く冷たい。このまま部屋にいたところで、待っているのは死しかない。ラーレは無言で頷くと、レイスは扉のロックを解除した。
恐る恐る顔を出したラーレを、レイスが慌てて引き留めた。
「誰も居ない……?」
「ラーレ、出てはダメ!」
パシュンとサイレンサーの拳銃音が響き、ラーレを庇ったレイスは、左肩から鮮血を流した。
レイスは怯むことなく引き金を引いた。銃声は一発。狙撃手はその場に崩れ落ちた。
レイスの肩から溢れた血は、ラーレの髪と同じ朱色で、レイスの服を染め上げていく。
「クッ……!!」
「レイス! 腕が、肩が!」
激痛から逃れようとレイスは歯を食いしばり、彼女の唇は赤く染まった。ラーレは慌てて部屋へ戻り、ガーゼを彼女の肩に巻き付けた。ガーゼは直ぐにレイスの鮮血で染めあげていく。
襲撃者は覆面をした黒一色の軍服を模した服を着ており、拳銃は特殊ライフルだった。レイスは覆面をめくったが、襲撃者は見たこともない男であった。レイスは目を細めると、周囲を見渡した。
通路は人がいないかのようで、敵意や殺意は近くには無いようだった。
「敵は幸い、一人だったようですね」
「レイス、腕……、肩は大丈夫なの!?」
「問題ありません。動かすことが出来ますので」
「そういう事じゃないよ! 私はレイスを心配して……」
心配しているという意味で伝えたかったのだが、レイスにとっては戦力になるかどうかの質問だったと判断されたのだろう。そういう人だ。
ラーレは歯を食いしばり、張り裂ける思いを封じた。ラーレの油断がレイスの負傷を招いたが、今は反省している場合ではない。
「行きましょう。ここはもうダメです。脱出をしなければ」
「ダメって、他の皆は……」
「静かすぎます。もう、皆生きていないのでしょう」
「そんな……」
レイスは怪我のない右手で、左肩を掴んだ。そしてそのまま、歯を食いしばると、両手で銃を握りなおした。レイスの左肩が無事ではないことは、その出血量から理解できる。
幼い少女が戦場で彼女の隣に立つなど、浅はかな我儘だったことを思い知った。
「退避通路を使いましょう。ここから出なければ」
レイスの呼びかけに、ラーレは黙って頷いた。拠点を進み、扉から退避通路へと入る。足の遅いラーレを、レイスが気遣っているのは明白であった。
「遅くてごめん……。さすがに、誰もいないよね」
「大丈夫ですよ。拳銃は直ぐに撃てるように、構えたままで」
レイスの言葉にラーレは拳銃を構え直した。
拠点の銃撃戦は長時間に及ばず、すでに周辺の音も、生存者の鼓動も聞こえないほど。
まるで、音が消えてしまったかのように。
動ける者はラーレと、負傷したレイスだけなのだろうか。
いくつもの感じられる殺気は、まだ近くにある。
「…………」
「まだ油断しないでください。いいですね」
「……わかったわ」
二人は、まだ鮮血で汚れていない、退避通路を進んでいった。
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