第1話

 フィリシアレは、プロディージョ国の王宮、自室のベットの上で泣いていた。

 愛した人の死。それが18年もの間、来る日も来る日も見続けた夢の結末である。まだ現実では起こっていない……未来の話。フィリシアレ・ディ・プロディージョは、ここ、プロディージョ王国の第三王女として生まれた。プロディージョの王家に生まれた姫は、何かしら不思議な能力を受け継いでいるのだが、フィリシアレは、祖母と同じ「未来視」の力を得た。「未来視」といっても眠っている間しか見ることができないので「予知夢を見る力」という表現がここでは適切かもしれない。ともかく、フィリシアレは生まれてから18年間、現実よりも、遥かに速いスピードで進む未来を断片的に見続けていた……。

「信じられないっ……。どうして……。」

 涙が止まらない……。愛するあの人に会えるから、せっせと早寝遅起きをしていたというのに……。

「その結末があれなの!?受け入れられないっ!!!」

 あまりの大声に驚いたのか、部屋の扉が開き、侍女が入ってきた。

「王女様??どうなさったんですか?」

「ジータぁ……」

「お嬢様!?」

 涙が止まらない……。

「どうされたんですか、フィリシアレ様。昨日まであんなに幸せそうに、今日を楽しみにされていらしたじゃないですか!!どうされたんです?ああもう、そんなに泣いて……」

「死んでしまった……」

「えっ?」

「ルッツェリヒ様が死んでしまったの……!!」


 この騒ぎは瞬く間に王宮中に広がり、毎昼、浮かれたり、怒ったりしながら起きてくるフィリシアレがついに正気を失ってしまったと大騒ぎになった。すぐさま第一王女のミーナリエと第二王女のトリシェルが心配して部屋にやってきた。

「フィー、そんなに嫌な夢だったの?お母様が心配なさってたわよ。」

「死んでしまった?とか言っていたそうじゃない……?不吉な未来だったの?」

「お姉様……大丈夫です……ちょっと混乱してしまっていただけで。お騒がせしました……。」

 ミーナリエとトリシェルは互いに見合わせる。

「フィー?何か危ないことしようとしてるなら、お姉ちゃん、怒るわよ?」

「落ち着いてトリシェル……。でも……フィー?お姉ちゃん達に言えないことなの?」

「……お姉様や、お母様、お父様、この国に悪いことが起こったってわけじゃないの……。ただ……そう。育てていたお花が枯れて死んでしまったんです……。それがあまりにも悲しくて……。ごめんなさい……。」

 ミーナリエ、トリシェルは怪訝けげんな顔を浮かべている。

「フィー……。それ……。」

「トリシェル。」

「……っ。」

 トリシェルはミーナリエに静止され、押し黙った。

「フィー?それで……、本当に大丈夫なのね?」

 ミーナリエの真剣な眼差しに、フィリシアレも真っ直ぐに答えた。

「はい。ミーナ姉様。シェル姉様。」


 ミーナリエとトリシェルが部屋を出てから、朝食をとり終えたフィリシアレは、今後のことを真剣に考えることにした。

「フィリシアレ様。ミーナリエ様やトリシェル様にお話しされなくてよろしかったのですか?」

 ジータは、私が見ている夢の内容を唯一全て知っている人間だ。起きるたびに夢で起きたことをあれこれ話していたため、ルッツェリヒのことも知っている。

「その方がいいの。私と同じ力を持っていたお祖母様がおっしゃっていたわ。未来は知らない方がいいことばかり。あまり多くの人に話すべきじゃないって。」

「どうなさるおつもりなのですか?」

「昨日話したように、の通りなら今日、お母様とお父様が私たちを集めて婚約の話をするはず。そこで名乗り出て、ルッツェリヒと婚約するわ。」

 ジータは、不安そうにフィリシアレの話を聞いていた。

「婚約して、どうなさるおつもりなのですか?かのお方はお嬢様と婚約されてから1年後に……。」

「私が絶対に死なせないわ。そのために嫁ぐの。」

「お嬢様、危険ではありませんか?お嬢様は王子殿下の死の原因が、何か陰謀によるものだと考えているのですよね?」

「そうよ……。」

「それじゃあ……。」

「分かってるわ。陰謀に立ち向かえば私にも火の粉は降りかかる。でもそれでもいいの。私ね、未来の私をずっと見てきた。本当にいつまでも酷い態度だったし、挙げ句の果てにルッツェリヒが享受できたはずのものをことごとく奪った。分かるの……。あれも間違いなく私。」

 

 フィリシアレは、婚約してすぐの頃にルッツェリヒとしたやり取りを思い出した。

「フィリシアレ様。貴女を脅かすようなことは決してしないと誓います。……いつか。その美しい瞳を私にも見せていただけると光栄です。」

 いつまで経っても目を合わせない私に、ルッツェリヒはそう優しく言ってくれた。その時、彼がどんな表情をしていたか、私には分からない。


「望まない婚約をしていたのは、ルッツェリヒも同じだというのに……。本当にわがままだったわ……。それでもあのお方は私を見限らなかった。」

 傷つけて、困らせて。それなのにいつだって一生懸命に向き合おうとしてくれた誠実な人。

「ねぇジータ。ルッツェリヒが救ったのは未来の私だけじゃないのよ。今の私も、で彼に会うたび励まされて、前向きに毎日を過ごせるようになった。だからこそ今の私がある。本来、灰色だったはずの私の世界が、こんなにも色づいて見える。全て、ルッツェリヒのおかげ。それなのに、私は彼の人生を踏みにじった……。まだ起こっていないで彼が死んでしまうのなら、今度は死なせない。」

 フィリシアレはドレスのすそを強く握った。

 「それにもう私は愚鈍な姫じゃない。ルッツェリヒが払った犠牲も取り戻してみせる。恩返しをしたいの。私の身命しんめいしてでも……。」

「お嬢様……。」

 その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「フィリシアレ様。国王陛下がお呼びです。大広間へお越しくださいませ。」

「来たわね。」

 フィリシアレは立ち上がった。ジータは浮かない顔をしたまま、フィリシアレの後に続く。

 大広間に着くと、王である母と王配である父が椅子に腰掛けていた。続いて2人の姉がやってくると、父は口を開いた。

「今日は、3人に大事な話がある。」

 父は、少し悩みながら言葉を続けた。

「ディゾーネ王国と同盟を結ぶことになった。」

「ディゾーネ王国とですか?」

 1番初めに反応したのは第一王女であるミーナリエだった。

「そうだ。昨年の大災害の際、ディゾーネ王国が我が国を支援してくれたことは覚えているな?これまでどの国とも同盟を結ばず、中立を保ってきた我が国ではある。しかし昨年の恩もあり、ディゾーネ王国と我がプロディージョ国は正式に同盟を結ぶことにした。そして……、その証としてディゾーネ王国の王子との婚姻の話が出たのだ。王子は領地を持つ公爵でもあるらしい。先王の息子という話だから、王位継承の可能性もあるやもしれん。突然のことですぐに結論が出ないだろうが、誰が行くか……。」

「はい!」

 勢いよく手をあげたのはフィリシアレだった。そのあまりの勢いに張り詰めていた空気が揺らぐ。

「……フィリシアレ?どうした?」

「はい!お父様、私が参ります!」

「……へ?」

「私が殿下と婚約します!」

 王配は面食らった表情をしていた。

「婚約というのはどういうことか分かっているのか?婚約後は我が国を離れ、ディゾーネ王国のために尽くすのだぞ?」

「もちろん!分かっております。」

「……」

 父をはじめ、姉2人も呆然ぼうぜんとしていたが、王である母は落ち着いていた。

「いいのですね。フィリシアレ。戻ってくることはできないのですよ?」

「はい、お母様。わたくしは、我が国と、ディゾーネ王国のため、精進して参ります!」

 王は、その言葉に頷いた。

 こうしてフィリシアレの婚約は「未来視」で見た未来よりもずっと早い段階で決まったのだった。

 フィリシアレは早速、ディゾーネ王国へと移るための準備を始めた。と言っても、もともと、ルッツェルヒの元へ行く日を今か今かと待ち続けていたフィリシアレは、かなり前から嫁入り修行や身の回りの準備をしていたのであまり時間はかからなかった。テキパキと身支度を済ませていくフィリシアレを手伝いながら、ジータは覚悟を決めていた。

「お嬢様。ディゾーネ王国へ連れて行く侍女に私を指名してくださいませ。」

「ジータ……。」

「お嬢様の、王子殿下を想い、身命しんめいしてでも守りたいというそのお心。私も、しかと理解いたしました。お嬢様が殿下をお守りするように、わたくしは、フィリシアレ様をお守りいたします。どうか、私をおそばに置いてください。お願いいたします。」

 ジータは深く頭を下げた。

「ありがとう……。ジータ、本当にいいの?私、きっとルッツェリヒ様のことばかりになってしまうと思うの。ジータに、すごく負担をかけてしまうと思う……。」

「それで良いのです、フィリシアレ様。どんな時でも、私がおそばに付き、サポートいたします。」

 ジータは、勇ましく笑って見せた。


 ―― 一方その頃 ディゾーネ王国

 「浮かない顔じゃないか。ルッツェリヒ。どうしたんだ?国王陛下に呼ばれてたんだろ。」

 ルッツェリヒ・フォン・ディゾーネは、側近のエディスと共に公爵領に関する報告書を確認するため、王宮の執務室にいた。

「プロディージョの王女と婚約することになったんだ。」

「婚約?お前の意思はどうなんだよ。確認されたのか?」

「いや……。」

 ルッツェリヒは、執務室の窓から外を眺めた。

「なんだよそれ……。」

「いいんだ。王族に生まれた以上、この国のためになるならなんだってするさ。私よりも……、知らない国に嫁がなければならない王女のほうが気持ちの整理がつかないだろう。せめてこの国でも幸せに暮らしてくだされば良いのだが……。」

「……優等生なのも考えものだぞ?」

 窓の外からエディスに目を移したルッツェリヒは、少し困ったように笑った。

「よりによってプロディージョとは……。国王陛下の御心みこころは一体いづこにあられるのか……。それで、どの姫と結婚なさるんです?」

「まだ相手方から返事がきていないらしい。」

「ルッツェリヒ殿下の予想は?」

 ルッツェルヒは再び、窓の外を見つめながら答えた。

「第三王女、フィリシアレ・ディ・プロディージョ」

 

 

 

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その初恋は何を殺すのか 田中 @tanaka_author

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