第8話

 かなり回復してきたフラウだったが、大事をとってこの場所で夜を明かすことにした。


 フラウの提案だった。その理由を聞くと、フラウはボランゴの死体を指差した。ボランゴの死体からは強烈な腐敗臭が漂い始めていた。


「ボランゴが死ぬととてもクサい匂いがするの。その匂いに他の魔物は寄り付かなくなるから、今晩ここは死の森の中でも安全な場所になると思うの」


 なるほど。安全に体を休めることができるならクサいぐらいなんだってんだ。俺はそう言ってガハハと笑った。


「強がっちゃって」


 フラウもフフッと笑った。


 その後、傷ついたフラウには休んでてもらって、俺は寝室作りに精を出した。近くに岩が積み重なってできた空洞を見つけた。数人が入って寝そべることができるスペースがあった。そこに枯れた葉を敷き詰めて簡単なベッドをふたつ作った。異世界にきて体力が増えているのか、バリバリ動けて、暗くなる前に夜を明かす準備を終えることができた。フラウに肩を貸して空洞に移動して一息つくと、俺は自分の異世界への順応の早さに自分で感動の拍手を送った。


 夜が更けた後も、月が明るく森の中を照らしてくれていた。この世界では夜空に浮かぶあの輝く星を月ではなくなんと呼ぶのだろう。そんなことを考えながらボーッと死の森を眺めていた。


「眠れないの?」


 寝たと思っていたフラウが、体を起こして声をかけてきた。


「あ、ごめん。起こした?」


「ううん」


 言いながらフラウがひとつ伸びをした。体全体を伸ばして、傷ついた脇腹は大丈夫なのか。心配をしたがフラウは少しも痛がらなかった。もう大丈夫なのだろう。ほっとして、俺はまた森の中へと視線を移した。


「ここって本当に異世界なんだね。こんなに静かな森の中で夜を過ごしたことないから興奮して眠れない」


「興奮って、本当は怖いってことなんでしょ?」


 フラウがイタズラっぽく笑った。


「ごめん。カッコつけた」


 俺もイタズラっぽく笑い返した。


 フラウと出会っていなければ、俺はどうなっていたのだろう。死の森でこんなに穏やかに夜を明かすことができていただろうか。ここが死の森だと知らずに死んでいたのかもしれないなと想像すると、ゾゾゾと恐怖が足元からわき上がってきた。


 フラウが話すのをやめると再び死の森は静寂に包まれた。ボランゴの異臭のせいか、生き物の気配がまるでなかった。虫の音も鳥の鳴き声も聞こえなかった。時々風が通り抜ける音が聞こえた。


「そういえば、言えてなかったね」


 フラウが思い出したように呟いた。


「なに?」


「ほら、私がどうして死の森に来たのかって話」


「ああ」


「こんなことをタダシに話してもしょうがないんだけど……」


 フラウは三角座りをしていた。しばらくモジモジと足の指をさすった後、話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る