第6話
バホォォォ〜!
ボランゴが吠えた。その咆哮の圧力に俺の思考が恐怖一色に染まった。早く逃げないと。俺は抜けた腰をなんとか立ち上げながら、ジリジリと後ずさった。そんな俺とは対照的にエルフはボランゴに立ち向かっていた。弓を引き、戦いへの強い意志を見せながらボランゴの方向に矢の切先を向けた。
「え!? 戦うの!?」
「うるさい! 逃げたきゃ逃げろ!」
エルフが怒鳴った。その時、エルフの視線が俺に向けられた一瞬をボランゴは見逃さなかった。ボランゴはエルフへ突進した。俺に視線を向けていたコンマ数秒、エルフは逃げ遅れた。
ドガっ!
ボランゴのタックルがエルフの体を掠めた。激しい痛みが走ったのか、エルフは息を止めて小さく呻いた。横っ飛びに跳ねて素早く体勢を立て直し、そのまま弓を構え続けた。
「ご、ごめん!」
エルフの脇腹に血が滲んでいた。俺のせいだ。俺のせいでエルフが傷ついてしまった。
俺にできることはないか。エルフに対する申し訳なさと理由もなく命を奪おうとする理不尽な暴力に、俺の心の中に怒りのような闘志が湧いてきた。喧嘩もしたことのない俺の中にこんな闘志があったなんて、と我ながら驚いた。
エルフを掠めて通り過ぎたボランゴは、すでにエルフに向き直っていて、再びエルフ目掛けて突進しようと後ろ足で地面を蹴っていた。俺には目もくれていなかった。
(こいつ舐めやがって!)
エルフはボランゴに向かって弓を引いていた。エルフが戦いやすくなるように俺が隙を作れたら。そんなことを考えながら俺はボランゴの右横へ大きく回り込んだ。
大木の影に隠れながらボランゴの耳のすぐ近くまで移動した。マウスピースのジョイントをしっかり締め直してから俺はマウスピースを咥えた。
(今に見てろ)
大きく息を吸い込んで、俺は木の影からボランゴの耳のそばへと飛び出した。そして、思いっきりサックスを吹いた。金切り声のような高音をボランゴの耳穴へ突き刺すイメージで吹いた。俺の肺活量は異世界転生の恩恵か、かなり増えていた。未だかつてない爆音をボランゴの耳元で吹くことができた。
バホォッ!
それなりの衝撃を与えることができたのか、ボランゴが悲鳴をあげて少しよろめいた。
エルフはその瞬間を見逃さなかった。クワっと目を見開くと、弦を引いていた指を離した。矢は稲妻のような勢いでボランゴ眉間に深く突き刺さった。その瞬間、ボランゴの目がグリンと白くひっくり返った。そのまま、ボランゴは体を固めてドカンと倒れた。
「やった!」
喜んだのも束の間、エルフが脇腹を抑えてうずくまった。
「大丈夫!?」
俺はエルフの元へと駆け寄った。
「だ、大丈夫……」
エルフは脇腹を押さえ、痛みに耐えながらつぶやいた。苦しそうなエルフに肩を貸して、エルフが大木にもたれかかることのできる場所まで移動した。エルフは、腰にかけたポーチに手を突っ込んで何かの葉を取り出すと、両手のひらで挟んですりつぶし始めた。
「それは、薬草?」
エルフは黙ってコクリとうなずいた。声を出すのも苦しそうだった。
すりつぶした薬草をエルフは血の滲んだ脇腹へ当てた。
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