第5話

(すごく調子がいいぞ。生涯で一番上手く吹けているかも)


 そう思いながらエルフを見ると、エルフはポカンと口を開けて固まっていた。俺の演奏に圧倒されているように見えた。オルタネートフィンガリングと高速タンギングを駆使し、コミカルに音階を転がり落ちるようにして曲を終わらせた。


 しばらくの静寂。そしてエルフが感嘆の声を上げた。


「なに! 今の!」


 興奮した様子でエルフは俺に近づいてきた。指は弓の弦から離れていた。


「なにか、こう、あなたの出す音を聞いていると、こう、心が躍った!」


「あ、ありがとう。音楽は知らない?」


「音楽? なにそれ? おいしいの?」


 今みたいにいろんな音を出して作られたものが音楽というんだよ、と説明しても、エルフは首をかしげるばかりだった。意外に音楽を知らない人に音楽を説明するのは難しかった。


「とにかく楽しい気持ちになったわ! ありがとう!」


 サックスを吹いてお礼を言われるなんて、久しぶりな感じがした。


「ねえ、もっと他に音楽はないの?」


 エルフは、さっきまでの険しい顔が嘘のように笑顔になっていた。音楽が国境を越えるか。ありきたりの言葉だけど、本当だな。思わぬ異文化交流に俺は嬉しくなっていた。


「あるよ。楽しい曲、悲しい曲。色々あるよ」


「曲?」


 ああ、曲っていう言葉も知らないのか。


「曲っていうのはね、」


 と、曲という言葉の意味を説明しようとした、その時。


 ドドドドドドッ!


 森の奥から地響きがこっちに向かって迫ってくるのを感じた。


「なんだ?」


「やばい!」


 エルフが弓を構えて戦闘態勢を取った。俺はどうしていいか分からず、ただサックスをギュッと抱きしめた。


 ドゴーン!


 地響きがすぐそばまで来たかと思うと木々を薙ぎ倒して巨大なイノシシのようなものが現れた。


「うわー!」


「しまった! 油断した!」


 よく知るイノシシより何倍もデカかった。俺を跳ねたトラックほどの大きさがあった。太くて尖った牙が強烈な威圧感を放っていた。


「なに〜、こいつ〜」


「情けない声を出すな! ボランゴが一匹、出たぐらいで!」


 ボランゴ? なに? こいつの名前? 変なの。目の前に命の危機が迫っているにも関わらず、俺はそんなことを考えていた。あまりの恐怖に思考が現実逃避をしていたのだろうか。

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