四章『彼女の正体』
ひとり川辺で黄昏ると、一件の通知が飛び込んだ。
『覚悟しておけよ』
涼しい風が肌を擽れば、もう心の靄は消えていた。
(これで、良いんだ……)
唾を込み込み、震える指先で連絡先を消せば、胸の内側が落ち着いた。鎖が解けたように、肩が妙に軽い。
「なんか、意外とあっさり出来たな」
微風が吹き抜けると、帰路を家へ歩みを進めた。
♦︎ 獣人 ♦︎
図書館へ足を運べば、窓辺の席に先着が居た。
「今日はそっちの席ですか」
「席は早い者勝ちです……という嘘はさて置き、この席が好きなんです」
気さくな会話を交わせば、彼女の対面へ腰をかけた。
桜並木を背景に、紙を靡かせる姿は普段より魅力的。凛々しい青い瞳を向け、本へ視界をのせている。
そんな姿を、僕は覗き見していた。
(やっぱり、綺麗な人だな……)
隙間風に髪が揺れると、白銀さんはひとつ尋ねてきた。
「そういえば。昨日の人とは、決着ついたのですか?」
少し動きを止めると、安心したような笑みを浮かべた。
「一応。重荷が取れてスッキリしました!」
「すごいですね。変わりたいって言って、本当に変わろうとしたんだから……」
窓辺を見つめる視線に、何処か寂しさが纏っている。
(そいえば。前に白銀さん、僕と同じって言ってたけど……何か悩んでいるのかな?)
青い瞳は何処か揺れ動いている。他人なのに、放っておけないのは『本当の友達』と感じているからなのか。
唾を飲み込み、言葉を彼女へ届けた。
「よ、よければ相談乗りますよ」
俯いた先から鋭い眼差しを感じ、思わず勇気が引っ込んだ。
「あ、えっと……い、嫌でしたら全然言わなくて良いですし」
「いえ、いずれ話そうと思っていたので」
肩の力を抜くように、息を吐き出せば小さな声を響かせた。
「此処じゃ難ですから、ついて来てくれません?」
ゆっくり頷けば、彼女の足取りが少しぎこちなく感じた。
図書館の辺。見覚えのある階段を登れば、開けた場所へ辿り着いた。
辺りを見渡せば、桜化粧はすっかり青々とした緑へ変化している。風も少し、夏の暖かさを運んでいた。
「相変わらず綺麗だな」
輝く景色を眺めれば、彼女はそっと歩みを止めた。
「……ひとつ約束してください。私を見ても、逃げないで」
「わ、わかった」
じっと彼女を見つめれば、草木が擦れる音が耳へ運ばれた。
艶のある黒髪が揺れると、風鈴の音色が響いていく。
ーーチリン
透き通る音色と共に、彼女の姿はゆっくり変わった。
耳は狼のようにふわっとし、爪先は長く鋭い。少し開けた口元から、犬歯が見え尻尾がよれている。
(これって……獣人?)
目の前の彼女は、紛れもない人ならず者だった。
ピクッと動く耳の先を、呆然と見つめると白銀さんは申し訳なさそうに視線を逸らした。
「これが私の本性です。怖いですよね、人間じゃないんですから」
微かに揺れる指先を見て、そっと呟いた。
「な、なんと言うべきか……その、本当にあなたなんですか?」
「と、当然ですよ。紛れもない『白銀三月』」
目の前の幻影みたいな光景なのに、はっきりと聞こえた彼女の言葉が胸を落ち着かせた。
「……なら、怖くないです」
「どうして?」
「襲わないってわかっているから。だって、そんな人間じゃないって知ってますも!」
無邪気な言葉に、彼女は目を大きく開いた。
(あれ、ちょっと生意気だった?)
多少の心配が込み上げてくれば、そっと彼女は肩を下ろした。ほんの少し、耳が垂れ穏やかな表情を浮かべている。
「ありがとう。やっぱり、友達になって正解だったよ」
照れくさそうに頬を赤くすれば、彼女は青空をそっと眺めた。
「晴くんに関わった理由。本当は、漢字がわからないからじゃないんだ」
「じ、じゃぁ。なんで?」
「人間の癖に、若葉みたいに心が落ち着く匂い……気づいたら声をかけちゃっていてね」
彼女の笑顔が見れなかったのは、きっと陽光が眩しかったからだ。
それから、彼女は尻尾を揺らし獣人いついて教えてくれた。
獣人と言っても、人間に近い半獣人と言う存在らしい。だが、人間と違って身体能力が高い。
それのせいで、時折気味悪がられることも沢山あった。
「それで、正体を隠していたんですね」
こくりと頷く彼女は、耳を立ててほんのり表情を崩した。
「でも、もう一人じゃない」
「……友達が近くにいるから?」
互いに言葉を交わせば、不思議と笑顔が込み上げた。
夢のような話だが、肌をつねっても痛みが走る。特別で、誰にも体験できない思い出が、心に刻まれた。
きっと、これからもっと多く刻まれるのかもしれない。
僕らの物語は、これからがスタートだ。
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