三章『本当の友達』
桜の花弁が落ちる季節、また図書室へ足を運べば白銀さんを見かけた。
「おはようございます」
声をかければ、青い瞳を向け会釈を返してくれた。
最近、僕から挨拶を交わすことが増えた。声を掛ける度、心臓の鼓動が早まり体温が上がるのは変わらないまま。
(仕方ないよな。だって、綺麗な人なんだからさ。)
言い訳を重ね、窓辺の席へ腰をかけると彼女と目線が重なった。
「あの、また相席よろしいでしょうか?」
相変わらずな姿に、小さく微笑んだ。
「構いませんよ」
「ありがとう。それと、その……また漢字を教えて頂いても良いでしょうか?」
対面に腰をかける彼女を見つめ、僕は小さく頷いた。
手慣れた様子で、本を開けば一文を指さした。
『懇ろ交わる(ねんごろまじわる)』
友達になりたいという意味でも、時々耳に挟む。そんな言葉に、胸の奥に突っ掛かりを覚えた。
少し言葉を詰まらせると、きょとんとする彼女に現実へ戻された。
「えっと……確か、ねんごろまじわるだったと思います!」
「……どういう意味なのですか?」
「情を含んだ関係。要は、友達になりたいという意味ですよ」
何か俯いたような表情を見せれば、顎にそっと綺麗な指先を添えた。
「なるほど……なら、私と晴くんとの関係も指すんですね」
ポツリと呟いた言葉に、僕は口元を小さく開いた。
ーー友達ってなんだろう
嫌いなのに、自分を押し潰すのが友達なのだろうか。それとも、寂しい心に寄り添ってくれる人が本当の友達。
定まらない答えに、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
♦︎ 友達 ♦︎
数日後、気ままに川辺を歩けば携帯が震えた。
『明日の同窓会、引き立て役でよろしくな』
思いため息を吐き出し、一文字打とうとすれば指先が止まった。
(……本当に、これで良いのかな。)
こんな自分から変わりたい……なのに、ずっと繰り返してばかり。このままでは、良いように利用されるままだ。
「……断るのも、自分を変える一歩だろ」
再び文字を並べた指先は、少し震えていた。
『ごめん。やめておくよ』
既読がつけば、予想通りの返事が帰ってきた。
『空気読めよ。どうせ暇なんだし、強がるなっつうの』
『行きたくないんだ。とにかく、明日は行けない』
文字を送り終えると、震える指先で画面を閉じた。
そっと息を吐くと、川辺で泳ぐ鴨の親子を見つめた。すっかり成長し、独り立ちしそうな姿に笑みが溢れた。
(なんか、少しスッキリしたな)
傾く陽光を背に、川のせせらぎを耳に通しその場を離れた。
翌朝、図書館へ足を運べば入口で白銀さんに遭遇した。
「珍しいですね、誰かを待っているんですか?」
会釈を返すと、彼女は照れ隠しのように頬を赤くした。
「外の空気が気持ちよかったから。つい、この場所に止まっていたんです」
「あぁ、確かにそうですね。まさに小春日和と言ったところ」
返事を返せば、そっと彼女は頬を赤らめ呟いた。
「あの、よければ私とーー」
「あれ、可愛いこといるんだ」
馴染みのある声と共に、背筋に嫌な冷たさが走った。
はっと振り向くと、少し離れた所に西崎の姿が見えた。それも、鋭く睨み付け瞼をぴくりと動かしている。
「な、なんでここに!?」
「暇だからきちまったんだ。てか、抜けがげとか最低だな」
呆然としていると、彼は燻んだ瞳で彼女を口説き始めた。
「なな、三人で喫茶店行かないか?」
「……嫌です」
「良いじゃない。ほら、そいつがいれば安心だし」
燻んだ瞳をにらめば、一発で嘘だと見抜いた。
(また、俺を利用するつもりだ。)
寂しがりやな心に微かな炎が宿る。二人の問題なのに、関係ない白銀さんを巻き込む根性が気に食わない。
指先に力を込め、喉につっかえた言葉を吐き出した。
「お、俺の友達に手を出すな……」
「ないない。お前みたいな貧弱もんが、こんな綺麗な人とつるむ訳が」
否定な言葉が聞こえると、白銀さんは微笑みながら呟いた。
「私の友達を、馬鹿にしないで貰えますか?」
「……は、何言ってんだ」
「こっちの台詞です。失礼な態度のくせに、気安く話しかけないでください」
低音な声を響かせると、彼女は淡々と僕の元へ歩みを寄せた。
「行きましょ」
「あ、えっと……はい」
強く引っ張られたまま、彼を置き去りにその場を離れた。
それ以上、彼は後を追わなかった。
失望されたのか、仲間がいたのに驚いたのか……だが、今の俺には関係ない。関心は、すでに目の前の彼女だ。
(なんだろう。あいつと違って、安心するな)
しばらく歩けば、静かな川のほとりで立ち止まった。
「さっきの人、随分と失礼な人でしたね」
愚痴を吐き出す白銀さんを見て、小さな小言が漏れ出た。
「ありがとう。その、友達って言ってくれて」
「……友達って言ってくれたもの。お礼を言うのはこっちです、ありがとう」
風が吹き抜けると、桜の花弁が舞い上がった。
(そうか……俺はこの人と、友達になりたかったんだ。)
舞い上がる花弁。照らされる笑顔は輝きを放ち、鼓動をさらに加速させてくる……もちろん、走ったと言うのもある。
ーーチリン
また、風鈴の音が聞こえると彼女の耳が獣のように見えた。
「え、あれ?」
目を擦れば、そこには見慣れた白銀さんの姿。
「どうかしたの?」
「……いいえ、なんでもありません!」
きっと、何かが見えたのは気のせいかもしれない。
胸の突っ掛かりと共に、心の中へ小さな高鳴りが芽吹いた。これはきっと、本当の友達を見つけられたから。
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