二章『隠し事』
家に戻れば、枕元へ放り投げた携帯をじっと見つめた。
「……なんて返そうかな」
黒い画面を眺めれば、突然と携帯が震えた。
また『絶対こいよ』と言われた。その度に、胸の奥が強く締め付けられ、何も出来ない自分が嫌になる。
ーー嫌われるのは怖いな
隙間風が肌を靡くと、ゆっくり返事を返した。
♦︎ 友達 ♦︎
後日、川辺の一角にある喫茶店へ足を運んだ。
通知と睨めっこしていると、聞き馴染みのある声が心臓を突っついた。
「本当に来るとはな」
顔を向けると、虚な目付きに妙に顔立ちが整う西崎の姿が見えた。
中学からの知り合いで有り、僕の苦手な人。
「よ、呼ばれたから」
「お前が居ないと俺が引き立たないからな。そんじゃ、脇役よろしく」
入店を知らせる鈴の音と共に、俯きながら彼の後を着いて行った。
活気のある店内を歩けば、窓際に二人の女性がいる。だが、僕には二人に罰が付いたように顔をはっきり覚えられない。
「よっす。俺の友達呼んだわ、暗いやつだけど」
軽く会釈を交わすと、静かに窓辺の奥へ腰を掛けた。
最初こそ興味を持った相手も、気付けば西崎に吸い込まれていった。今の僕は、置物同然の扱い。
(……やっぱり、つまらないや。)
短い一時間が、妙に長く感じる。
流れる会話を耳通し、紐のようにすぐ抜け落ちてしまう。
そんな僕を、西崎は気に食わない表情で睨みつけた。
「それじゃ、私たちはこれで!」
長い時間がやっと終わった。
愛想笑いを重ね、彼女たちを見送れば横から大きなため息が聞こえた。
「……はぁ、もう少し俺を高く上げろよな」
「ご、ごめん」
「ほんとお前って使えないよな。そんなんだから、いつも一人なんだろ」
指先を握り締めると、西崎は反対方向へ足を向けた。
ひとり残された喫茶店の辺り。
指先の力を緩め、緩やかな川の流れを見つめた。鴨の親子を呆然と見つめ、また冷たい心が僕を支配した。
(嫌いなら関わるなよ……)
愚痴を胸の中へ閉じ込めれば、風鈴の音が聞こえた。
ーーチリン
入店と違と音色。
咄嗟に顔を上げれば、優しくも無機質な声が飛び込んだ。
「こんにちは。晴くん」
そっと視線を向ければ、そこには白銀さんが佇んでいた。
「な、何でここに!?」
「図書館へ向かう最中です。随分と険しい顔をしておりましたが……どうかなさいましたか?」
優しい言葉に、無願いsめつけられた。
『心配している』
凛々しい瞳の奥が、揺れている気がする。
だが、今の僕には打ち明ける勇気などない。唾を飲み込み、引き攣った笑顔で誤魔化した。
「へ、平気ですよ!」
その言葉に、彼女は納得がいかないのか首を傾げた。
桜の花弁が風に舞うと、白銀さんの声が届いた。
「……でしたら、私についてきてくれませんか?」
「な、何んでですか?」
「いい場所があるんです。特に、気分が晴れない時に」
首を傾げつつ、彼女の青い瞳に心が惹かれていく。
「……わかりました」
「ありがとうございます」
溶けそうな温もりを帯びる声に、小鴨のように後を追いかけた。
少し距離を離し、彼女の後ろ姿をじっと見つめた。気まずいはずなのに、胸は心地よさを覚えている。
(そういえば。この人、髪が綺麗だな……)
さらっと風に揺れる髪を、そっと眺めると彼女は立ち止まった。
「この丘を登ったところです」
指を刺された方を向けば、図書館の滸に作られた小道。
「ここって……確か、私有地じゃ有りませんか?」
「昔はそうでした。主人が亡くなってからは、手入れもされず……野放しでして」
淡々と登る後ろを、僕は付いて行った。
しばらく登れば、切り開かれた広場に差し掛かった。
「後ろを見てください」
そっと立ち止まり、指の先を追えば息を呑むほど美しい光景が広がっていた。
若葉が芽吹いた山の隙間から、桜の化粧が顔を見せていた。傾く緋色の陽光は、街の光を宝石みたいに磨き上げている。
(こんなに近いのに……知らなかった。)
悩みなど忘れてしまう光景に、目を開けば白銀さんは横へ体を寄せた。
「悩みがある時、いつもここに来て自分の名前を思い出すんです」
首を傾ければ、彼女は瞼を細めた。
「三月って。三月(さんがつ)とも読めて、弥生という意味も込められているんです」
淡々と話す言葉を、隣でじっと耳に澄ました。
「冬の寒さが明けた時、春の芽吹きが顔を見せる。自分の悩みがある時、誰かを頼れば力強く成長する……両親はそう願い、私の名前を授けてくれました」
冷たい心に、細い光が差し込んだ。
誰かに嫌われるのは怖い。同時に、寂しがりやな心を誰かに知ってほしい。そんな我儘ばかり、浮かんでくる。
(このまま、変われずにいるのかな。)
微風が肌を靡れば、ポロリと言葉が漏れ出した。
「……俺の心は、まだ冬ですね」
「というと?」
感心を止める白銀さんに、喉に痞えた言葉を押し出した。
「頼まれると断れないんです。そんな自分から変わりたいのに、嫌われるのも怖くて……」
俯いたまま、心のままに漏れ出た言葉はそっと彼女に届いた。
ーー嫌われる
そんな言葉が、脳裏を駆け巡る。
小さくため息を吐き出せば、彼女は優しく呟いた。
「私と同じですね。自分の本性ばかり気にして、自分を曝け出せていない」
彼女の顔を見つめれば、風が黒髪を揺らした。
孤独な世界に、また温もりが帰ってきた。
五時を知らせる赤蜻蛉が響いた。じっと彼女を見つめると、夕暮れに頬を染めた横顔を向けてきた。
「……お互い、変われるといいですね」
それは、自分に向けた言葉にも聞こえた。
(いつまでも、同じ事を……)
指先に小さな力が篭る。怒りに任せた物ではない、何か、暖かくも力強い物が背中を推してくれた。
同時に、彼女の影に尻尾のようなものが見えた。
ーーチリン
風鈴の音と共に、その影は溶けて消えてしまった。
だが、彼女に何かは憑依していた。
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