悪食と捕食対象
『あれは!?』
リグレットには勝てない。そう悟ったアクーラ2はせめて情報を持ち帰ろうと敵前逃亡を選んだ。
そうして大陸西部沿岸にある教団支部へ戻ろうとしている途中、砂漠の縁で予想外の光景に出くわす。
『隊長機!? まさか隊長まで!』
アクーラ1の機体が大破して砂に突き刺さっている。自分たちの中で特に腕が立ち実戦経験も豊富な彼が旧式の飛行帆船ごときに落とされるなんてありえないことだと思っていた。
だが、たしかにあれは隊長機だ。個々を識別するため翼に機体番号がペイントされている。だからわかる。
もしやと思って周辺をぐるりと回って確認するとアクーラ3の残骸も見つけた。
『オレ以外全滅かよ……』
そう気付いた時、邪な考えが脳裏に浮かんだ。これはつまり無事帰還できれば自分が次のアクーラ1となる。そういうことでは?
(新設されたばかりの部隊でオレの代わりになる人材はいない。負けたことを強く咎められる心配も無し)
なんなら話を盛ってもいい。卑劣な罠にかけられたとか相手の援軍が駆けつけたとか、帰るまでには何か良いアイディアを思いつくはず。
よし、決めた。一刻も早く帰ろう。旋回して再び南に機首を向け教団支部へ戻ろうとする彼。
ところがその時、無線通信機から聞き覚えのある声が届いた。
『アクーラ2、魔女はどうした?』
『た、隊長! ご無事でしたか!』
『魔女は?』
『すいません、逃げられました。アクーラ5は奴に撃墜され、自分だけ辛うじて生き延びた次第で……』
『なら何故追いかけない? 奴の飛行速度はアクーラ級より遥かに遅い。追撃できただろう』
『そ、それはそうですが……』
言葉に窮したアクーラ2の脳裏にまた先ほどの邪な考えがチラつく。
唯一の生存者。その肩書きを手に入れられれば自分は隊長の座を継承して出世できる。敵前逃亡を咎められる心配も無い。
この薔薇色の未来を掴むには現隊長が邪魔だ。
『あ……アンタさえいなければ!』
通信機を使っているということは墜落した機体の中にまだいるはずだ。最新鋭機のアクーラ級もああなってしまってはただの鉄の棺桶。容易に蜂の巣にできる。
『死んでくれ隊長! オレの将来のために!』
『そうか、残念だアクーラ2。お前は優秀な操縦士だった』
『へっ?』
急降下をかけ機関砲を連射した彼の視界に影が差す。機関砲の攻撃をものともせずに黒い怪魚が飛翔し、巨大な顎で機体に喰らいついた。
『なっ、あっ――ぎゃあああああああああああっ!?』
押し潰される。ギザギザの鉄の牙に咀嚼されて機体も体も潰れて引き裂かれていく。
バツンと音を立てて体の半分を持っていかれた。なのに不幸にもまだ意識があり、アクーラ2は自分と自分の機体の半分を喰った化け物の姿を目の当たりにする。
「忘れていたのか? 俺は『偶像使い』でもある」
通信機を捨て、すぐ目の前から肉声で語りかけるアクーラ1。空中で黒い怪魚の上に立っている。サメの形をした、それが彼の偶像兵器。
ああ、そうだった。欲に目がくらんでそのことをすっかり忘れていた。ようやく思い出したアクーラ2は涙目で笑みを浮かべ媚びを売る。
「ゆ……許してください……」
「駄目だな」
再び巨大な顎を開く怪魚。それを操るアクーラ1の顔は凄まじい怒りの形相を形作っていた。
ただし裏切った部下に対する怒りではない。
「あの小娘と海賊どもに復讐する……! そのためには、お前の機体も必要なんだよ!」
「や、やめ――」
懇願に耳を貸さず怪魚はアクーラ2と彼の機体に再び喰らいつき全てを一飲みにした。
すると、その巨体がさらに大きく膨れ上がる。
これがアクーラ1こと『偶像使い』クリーブ・ヘイワイヤーの偶像が持つ能力。錬金兵器を喰らい、その機能と質量を自らに取り込み成長を重ねる。
極めて強力な偶像だ。なのに教団は彼に白銀の記章どころか聖戦士の称号すら与えてくれなかった。人格に問題があると言って。
そんな彼にとってアクーラ隊の隊長に選ばれたことは誇りだったのだ。偶像使いとして聖戦士にはなれずとも、最新鋭錬金兵器の乗り手として初代隊長を拝命する名誉は与えられた。
なのに、あの海賊たちと魔女はそんな自分の隊を壊滅させ誇りに泥を塗った。
必ず殺す。今度はこの偶像を使って絶対に仕留める。
奴らは未だ教団に抵抗する最後の敵。その首さえ持ち帰れば今度こそ聖戦士に選ばれることも夢じゃない。
彼は砂漠の深奥を睨みつけた。今喰らったアクーラ2の航行補助装置に魔女と交戦した位置の記録が残っている。クレイジー・ミューズ号が墜落したのもこの先のはず。
見つけ出し、そして殺す。まずはそのための準備をしよう。たらふく喰って腹を満たさねば。
「アクラ・リュドイェート! 俺の偶像よ、喜ぶがいい! 久方ぶりに腹いっぱい喰わせてやる!」
そうして準備を整えたなら、その時こそは必ず、あの女どもを見つけ出して八つ裂きにしよう。この貪欲な牙で。
脳裏には矢を放つ少女の姿が、他のどの標的よりも鮮明な記憶となり焼き付いている。早くあの柔らかそうな肉を噛み千切りたい。
「待っていろ小娘! 貴様は特に念入りに噛み砕いてやる!」
◇
「う、うう……」
アミータが目を覚ますと、何故か彼女は縄で縛られ砂まみれの汚い床に転がされていた。
「ここ……どこ……? なんで、あたし……」
朦朧としていた意識が次第にはっきりしてきて、ある瞬間にようやく状況を把握する。
「ひ、ひいっ!?」
「お目覚めかね、お嬢さん」
目の前にはヒゲを蓄えた軍服姿の初老の男が木箱を椅子代わりにして座っている。胸元には階級章や勲章と一緒に教団と協力関係にあることを示す青銅の円十字記章。
仲間たちも同様に縛られ周囲に転がされていた。
そして、十数人の兵士がそんな自分たちに長銃を向けている。数年前に教団の技術者たちが開発した歩兵用の携行火器。あれから発射される弾は矢よりも速く飛んで遠くまで届き、鉄の甲冑すら容易に貫通すると教えられた。
つまり人間など一発当てられたら終わり。
青ざめたアミータだったが、そんな彼女に優しく呼びかけてくれる者もいた。
『落ち着きな、アミータ……すぐに殺されや、しないよ……』
「せ、船長!?」
例の偉そうな軍人の背後に女神像があった。さらにしっかり目を凝らせば墜落したクレイジー・ミューズ号もそこに横たわっている。
巨大な倉庫、あるいはドックのような建物の中。自分たちは落ちた船ごとそこに囚われているらしい。
「なるほど、やはり君たちはクレイジー・ミューズ海賊団か」
立ち上がり女神像を見上げる軍人。アミータはその背中にどことなく哀愁を感じた。
よく見れば他の兵士たちも疲れ切った表情。そして彼らの目の奥には縋り付くような感情も見て取れる。
「なら、頼む。いや……命令しよう。船を修理したまえ。そのために君たちを回収し生かしておいた。直せるはずだ、あのフリーダ・ミューズの知識と技術があれば」
彼らはこの時を待っていたのだとアミータは直感する。嘆息しながら振り返った軍人の言葉がその推察を裏付けた。
「いいかげん帰りたい。この砂漠から逃れられるなら、私たちは敵とも手を結ぼう」
彼の目は真にそれを熱望しているのだと、強く物語っていた。
(一章へ続く)
gimmick2─鏡の魔女と偶像の騎士─ 秋谷イル @akitani_il
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