鏡の魔女と砂漠の少年
追いかけてくる二隻の飛行艇と交戦を続けるうち、リグレットもまた砂漠の上空へと迷い込んでいた。
「クソッ!」
死ぬほど暑い。向こうの操縦席は断熱が効いていそうだが、こちらは生身である。しかもフリーダたちの用意してくれた服は真っ黒。こんな強烈な日差しの下で飛び続けるのは無理というものだ。
「集光鏡!」
空中戦で有効な攻撃手段は少ない。再び光線を放つ彼女。だが敵機はどちらも危なげなく回避してしまう。
(流石に手強い!)
最初の一機こそ不意を突けたが、手の内を見せてしまったことですぐ対処された。ある程度の距離を保ち、回避に重きを置くことで集光鏡の予備動作を見極め射線上から素早く退避。そう徹底されていれば容易く当てられるものではない。
この状況も意図的に誘い込まれたようだ。砂漠の熱でこちらの体力と気力を削ぐ作戦だろう。
いっそ地上へ逃れることも考えた。敵のあの船体を見るに、おそらく離陸には長い滑走距離を必要とする。着陸も同様だと思うので地上まで降りてしまえば追いかけにくいはず。
とはいえ遮蔽物の無いこんな場所では姿を隠すことも難しい。片方がこちらを追跡してもう片方が救援を呼びに行き、別働隊に位置を報せて差し向けるという展開も考えられる。
なにより――
(フリーダたちが逃げ切れたかわからない)
その意識がリグレットに逃走より戦闘の継続を選ばせていた。
少なくとも、今しばらくは向こうに合流させるわけにいかない。教団へ情報を持ち帰らせるのも可能な限り避けたいところ。
(やっぱり、ここで落とすことがベスト!)
偶像の翼で飛び続けるリグレットは、敵の動きを見極め旋回のために速度を落としたタイミングで自分も切り返し接近を図った。速度はともかく小回りならこちらが上。
『させるか!』
もう一機が味方への援護のため牽制射撃を実行する。しかし彼女の真の狙いはそれ。
「反射鏡!」
「なっ!?」
あえて射線に飛び込み同時に敵の攻撃を複写して全く同じ機関砲射撃で反撃した。相手は驚きながらも辛うじてそれを躱す。
そこで素早く集光鏡に切り替えた彼女は光線を放つ。偶像をレンズに変える予備動作がある上、発射まで一秒程度の間が空くから意表を突かないと当てにくい攻撃なのだ。
だが今度こそ命中するかと思った瞬間、敵機は巧みに機体を回転させギリギリで光線を避けた。ダメージは僅かに装甲の表面を削られたのみ。
「外した!? ぐうっ!」
落胆したリグレットのその背後からもう一機が旋回を終えて機関砲で攻撃してきた。こちらも掠めただけだが左腕を吹き飛ばされ衝撃で回転しながら落下していく彼女。
結局は砂の海に墜落し、盛大に砂柱を立てる。敵はさらに容赦の無い追撃を仕掛け、着弾する砲弾により地面により大きな砂柱が立て続けに生じた。それがすぐにリグレットへ襲いかかる。
「!」
体の半分以上を弾雨に砕かれ声も出せずに宙を舞う彼女。しかしその瞬間、噴き上がる砂柱から反撃のヒントを得た。
(拡大鏡!)
再生より反撃を優先して地面に対し平行にリングを出現させる。
直後、そのリングを通過した砂粒が全て拳大の石と化し巨大な岩柱を形成して地面スレスレの低空飛行を行う敵機の目の前を塞いだ。
『なっ――うああっ!?』
避ける間も無く突っ込んだ敵は衝突の衝撃と下から突き上げる衝撃によってバランスを崩し墜落した。運悪く燃料にでも着火したのかすぐに爆発四散する。
爆風で砂の上を転がりつつ体を再生させるリグレット。
「あ……と、一機……!」
起き上がるなり、すぐに残り一機の姿を探して空を睨んだ。
ところが、その最後の一機はすでに遥か彼方。どうやら追跡も戦闘も諦めて逃げ帰ることを選んだらしい。
あるいはフリーダたちを追ったか。
「待ち、なさい……」
追いかけようとして、けれど再び倒れるリグレット。偶像の力で傷は修復された。でも砂漠の暑さに体が悲鳴を上げている。
「ク……ソ……」
じりじりと陽の光に焦がされ、彼女は意識を失った。
◇
――あれから何日経っただろう? 日が落ちて夜になり、強烈な寒さによって目を覚ましたリグレットは、もう幾日も飲まず食わずで砂漠を彷徨い続けている。
怒りに灼かれた大砂海。そう呼ばれているこの砂漠は霧の海域と同じくらい人々に恐れられてきた土地だ。頻繁に強烈な砂嵐が吹き荒れ全てを飲み込み押し流してしまう上、方向感覚を狂わせる力が働いていると言われる。実際に磁石ですらここでは正常な方位を示さない。
迷い込んだが最後、生きて出られるかは気力体力と運次第。よほどの強運の持ち主でなければ、まず干からびて死ぬだけ。
ここは本当にそういう土地だと、この数日で嫌と言うほど思い知った。強烈な直射日光に炙られ続け、砂嵐が来たら砂に埋れないよう偶像を盾に必死に耐える。しかも水が無い。食料も無い。他の砂漠にあるような多肉植物も環境に適応した虫や獣も全くいない。生物の存在しない死の世界なのである。
当然の話、こんな環境で生物が生存できるものか。不死でなかったら自分も数時間で息絶えている。
不純物が混ざらないからか砂は白い。そのせいで灼熱地獄なのに時折雪景色の中にいるように錯覚してしまう。
(そういえば……)
故郷ヤマトの王都は冬になると雪で覆われる土地だった。今も脳裏に色鮮やかに浮かぶ都の景色が、次々にあの場所で生きていた頃の記憶を連想させる。
父はあんな男だったけれど、子供に対する愛情はあった。自分たちは蝶よ花よと大切に育てられ慈しまれていた。きっと早くに亡くなった母の代わりにそうしたかったのだろう。
ふっと口角が持ち上がる。だというのに、どうしてシケイはあんなにお転婆に育ったのか。父との口論が絶えなかった。彼女はもっと自由に広い世界へ羽ばたきたかったから。
逆にシランは父の望み通り籠の鳥であり続けた。怖かったから。父の手の中から飛び出し、未知で溢れる世界へ出て行くことが怖くてたまらなかった。
正反対の姉妹。なのに、今は一つの体の中で共に生きている。
『姫様は、ご自分が嫌いなのですか?』
「……」
彼に、コテツにそう問われたのはどちらの自分だったろう? 自分がどちらなのか思い出せないのと同じように、どうしても頭の中に浮かぶこの場面の前後を思い出せない。あれはいつどこで、どうして問われたことだったろう?
会いたい。この記憶が蘇るたび彼に会いたくなる。
幼馴染で戦友で初恋の人。
コテツに会いたい。
「あ……」
偶像が前に立って何かを指差している。岩だ。初めて日陰を見つけた。喜んでそちらへ歩く。
日陰に入り、ようやく一息ついた彼女は、また故郷での暮らしを色々思い出した。
そしてそれを失い、取り戻した大戦のことと、全て奪った教団の存在も。
必ず潰す。教主を殺し、偶像使いたちを抹殺し、誰一人として最後の『金の書』には辿り着かせず、あの組織を崩壊させてやる。後のことは知ったことか。
でも、そのためにはまず砂漠から抜け出さなくては。フリーダたちも見つけたい。
彼女たちはどこへ行った? 無事逃げ切れたならいいが、もしも同じように砂漠に墜落した場合、もしかするともう――
不安と焦燥、この世界に一人きりになったかもしれないという孤独感で心が悲鳴を上げている。けれど意識は逆に遠ざかり始めた。また夜になるまでここで眠り続けるのだろう。
それでいい。無理に意識を保とうとしたって苦しいだけ。どうせ死なないのだから気を失っている方が、ずっと――
「!」
どのくらい気を失っていたのかわからないが、気配に気が付き急速に覚醒する。いつの間にか傍に座っていた『鏡』がまたどこかを指差していた。そして、その指先の示す方向から誰かがやって来る。
「ま、ず……い……」
敵だったら捕まってしまう。リグレットは這ってでも逃げようとして、けれど手足に力が入らず、意識もまた遠ざかり始めた。
そして意識を失う直前、夢か現かわからない光景を見て抵抗の意志を手放す。
(コテツ……)
近付いてくる相手が彼に見えた。ついに再会できたのだと、そう思い込みながらまた気絶した。
◇
「人だ!」
茶色い髪に黒い瞳。浅黒い肌で背丈はリグレットより少し低いくらいの十代前半の少年。彼は前方の岩陰に人を見つけ、驚きながらラクダの背を降りる。日課の見回りをしていたらまさかの遭難者を見つけ出してしまった。
「わあ……なんて綺麗な人だ」
倒れている少女に駆け寄り、その顔を覗き込んで感じたままの純朴な感想を述べる。こんなに美しい人は初めて見た。
どうして肌が白いんだろう? 彼が知っている人間はみなもっと肌の色が濃い。こんな真っ白な肌の持ち主を見たのは生まれて初めて。
「行き倒れたのかな。助けてあげなきゃ」
困っている人がいたら助けるのは当たり前だ。大人たちは外の人間に注意しろと言うけれど、彼はそうは思わない。たしかに外の世界に悪い人間が多いことは知っている。でも優しい人だっているのだ。
そう、彼が憧れ続ける、あの男のように。
「コテツの知り合いだったりしないかなあ」
そんな偶然、あるはずがないと大人たちなら馬鹿にするだろう。でも彼は信じる。あの男が言ったように、いつか彼の仲間がやって来るはずだと。
たとえばそう、彼の主のお姫様や、空を駆ける大海賊が。
「村はすぐそこだから、大丈夫だよ。死なないで」
水筒の水を口に含み、口移しで与えてやってから抱き上げてラクダに乗せる。見た目の印象より重かったが毎日コツコツ鍛えてきたおかげでなんとかなった。
そして、村に向かって手綱を引きつつ歩き出す。
「この人、ひょっとしてあれを取りに来たのかな?」
だったらやはりコテツの仲間であって欲しい。でなければ牢に繋いでおく必要がある。
だって、あれを奪われるわけにはいかない。彼の仲間以外には絶対に渡すなと言われた。
金の書。コテツが託してくれた遺物を自分は絶対に守り抜く。どんなことが起きて、誰と戦うことになっても、必ず。
――彼、サン・ホーンスティはこの日、運命に出会った。リグレットという巨大な歯車が動かす機械に組み込まれ、カチカチ、カチカチと音を立てて回り始める。
合わせ鏡の魔女の物語はまだ終わらない。この世界で最も大きな宿命を背負った特異点はありとあらゆる存在を巻き込み、カチカチカチカチ音を立てて回転しながら踊り続ける。
彼女は悲劇を呼ぶ魔女。苦難に彩られ嘆きで舗装された道を歩む宿命。
関わった者たちは不幸になり、それが心の負い目となる。だから自らをこう名付けた。リグレット、すなわち後悔。
この少年もまた彼女の心の傷となるだろう。けれどまだ、己の末路を知ることはない。
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