第3話

翌日、僕はまた忘れ物をした。

その次も、そしてその次の日も。


「……また?」


定位置に座った崎村が、読みかけの本を少しだけ下げて僕を見た。彼女の唇が、小さく弧を描く。


「なんだか、忘れ物の天才ね」


「……自分でも情けないよ」


「もしかして……わざと?」


彼女は椅子に深く背を預け、少し首を傾げながら僕を覗き込んできた。返答に詰まる。


「……まさか」


否定しながらも、彼女と話すための口実を無意識のうちに自分自身に用意させているのではないか。


僕は、彼女の隣の席に、吸い寄せられるように腰を下ろした。

それから約十分間。僕たちは、この世界に二人しかいないかのような、他愛のない対話を交わした。

最近流行っているやたらと転調するアップテンポな曲。学食の新メニューである、唐揚げ丼。それから、口うるさい担任の教師についての悪口。


「……崎村ってさ、他に友達とかいないのか?」


ふと、ずっと気になっていたことを口にした。


「何それ、ディス?」


崎村が冗談めかして、少しだけ唇を尖らせる。その仕草に、年相応の少女らしさを感じて、少し慌てた。


「いや、そういうことじゃなくて……いつも一人だから、気になってさ」


「……いないよ。君が友達になってくれるなら別だけどね」


ぽつりと、彼女が言った。冗談のような響きの中に、隠しきれない真実が混じっているような気がして、僕は迷わず言葉を返した。


「え、俺はもう完全に友達だと思ってたよ。――『放課後居残りフレンズ』な」


その瞬間、崎村が「ぷっ」と吹き出した。


「……ふふっ、あはは! 何その名前。君ってネーミングセンスがないんだね」


彼女は腹を抱えるようにして笑った。あんなに物静かだった彼女が、こんな風に声を上げて笑うなんて。


「悪いな! 俺は崎村みたいに本とかあまり読まないから、語彙力がないんだよ」


「まあ……私だって本は読んでるけど、自分で書いたりはできないから」


「じゃあ笑うなよ」


「さすがに笑うよ、センスが独特すぎて」


笑い合う二人の声が、静まり返った夕暮れの校舎に溶けていく。

けれど、彼女が笑うたびに、その肌の白さがより際立ち、顔色が少しだけ優れないように見えた。


「……大丈夫? 冷房は寒くないか?」


「私は大丈夫」


「無理するなよ。顔色が悪い気がするから」


僕の言葉に、彼女は少しだけ悲しげに、けれど愛おしそうに目を細めた。


「それより……明日は何を忘れてくるの?」


「いや、明日は流石に忘れないよ。……たぶん」


「……ふふ。そうだといいね」

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