第六項 非効率観測対象:言いかけられた違和感

 私はザ=ルル=エン。

 宇宙文明において、侵略調査を担当する個体だ。


 非効率の坩堝るつぼ、日本の都市部に滞在中である。


 この文明では、

 違和感は即座に言語化されない。

 多くの場合、

 途中で飲み込まれる。


 昼の公園は、

 目的のない人間で構成されている。


 子供は走り、

 大人は座り、

 誰も全体を管理していない。


 私はベンチの端に座り、

 観測を行っていた。


 特に用件はない。

 だが、

 なぜかここにいる。


 この判断理由は、

 私自身にも明確ではない。


「ルルさん」


 呼ばれる。


 振り向くと、

 ミサキがいた。


 隣には、

 子供がいる。


 健康状態、正常。

 情緒波形、安定。


「また会いましたね」


「偶然だ」


「ですよね」


 彼女は笑う。


 この笑いに、

 論理的根拠はない。

 だが、

 場は安定する。


 子供が遊具の方へ走る。


 ミサキはそれを見送り、

 私に視線を戻した。


「……あの」


 声の調子が、

 わずかに変化する。


「ルルさんって」


 言葉が止まる。


 私は待機する。


 沈黙は、

 人間にとっては不安材料だが、

 私は問題としない。


「……いえ」


 ミサキは首を振った。


「なんでもないです」


 否定が入った。


 私は内部で仮説を立てる。


 彼女は、

 何かを言いかけた。


 おそらく、

 「それ、普通じゃないよ」。


 だが、

 その文は出力されなかった。


「ルルさんって、

 落ち着いてますよね」


 代替表現が選択された。


 疑問は、

 評価に変換されている。


「周りがバタバタしてても」


「私は侵略調査をしている」


 事実を返す。


「はい」


 即答だ。


 否定も、

 深掘りもない。


 彼女はすでに、

 それを

 “説明不能だが安全な要素”

 として扱っている。


 そのとき、

 子供が戻ってきた。


「ママ、みて」


 手に持っているのは、

 小さな金属片だった。


 円形。

 直径は指先ほど。

 摩耗した記念メダル。

 過去の催し物の残滓。

 価値は、ほぼない。


 子供はそれを、

 宝物のように差し出している。


「すべりだいの下にあった」


 ミサキは、

 意味を検証しない。


「よかったね」


 それだけで十分らしい。


 私は観測する。


 価値の低い物体が、

 場の空気を安定させている。


 これは、

 装置の試験に適している。


 私は新装置を起動した。


 《因果摩擦緩衝装置》。


 本来は、

 侵略行動によって生じる

 不信・警戒・違和感を

 周囲の雑音に溶かすための補助装置だ。


 作動範囲は狭い。

 効果は微弱。

 だが、確実だ。


 装置が反応する。


 空気に、

 説明できない余白が生まれる。


 理由を問おうとする思考が、

 一拍遅れる。


 ミサキが、

 もう一度こちらを見る。


「……あの」


 口が開き、

 すぐに閉じる。


「……やっぱり」


 彼女は笑った。


「ルルさんって、

 落ち着きますよね」


 違和感は、

 言葉になる直前で消えた。


 私は装置を停止する。


 効果は、

 すでに定着している。


 ミサキが立ち上がる。


「じゃあ、そろそろ」


「了解した」


 彼女は一歩離れ、

 振り返る。


 何かを言おうとして、

 やめた。


 違和感は、

 共有されなかった。


 私はその場に残り、

 記録を作成する。


【侵略調査報告書】


調査担当個体:ザ=ルル=エン

観測地点:日本の都市部(昼間・公園)


侵略進捗率:0.0011%


主観的所見:

・違和感は言語化前に減衰

・低価値物体が場を安定させる

・装置により因果探索が遅延


局所的影響:

・警戒:未発生

・信頼:維持

・疑念:拡散せず


総合判断:

侵略は心理的抵抗を受けず進行している。



 私は歩き出す。


 人間は、

 言いかけた疑問を、

 そのまま放置する。


 理由が分からないままでも、

 安心できるからだ。


 この性質は、

 侵略調査において非常に有用である。


 地球に対する侵略は、問題なく進行している。

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