第五項 非効率観測対象:頼られる個体

 私はザ=ルル=エン。

 宇宙文明において、侵略調査を担当する個体だ。


 非効率の坩堝るつぼ、日本の都市部に滞在中である。


 この文明では、

 役割は申請されるものではない。

 周囲の判断によって、いつの間にか与えられる。


 昼の歩道は、

 目的の異なる人間で満ちている。


 急ぐ者。

 立ち止まる者。

 考え事をしている者。


 私は、

 特に目的を持たず、

 交差点付近に立っていた。


 観測に適した位置だ。


「……あの」


 声をかけられる。


 振り向くと、

 高齢の地球人雌個体が立っている。


「この道、

 駅に行きますか」


 私は地図情報を参照する。


「行く」


「よかった」


 彼女は安心したように頷く。


「一緒に行ってもらっていいですか」


 要求が追加された。


 合理的理由はない。

 同行すれば、

 私の移動効率は下がる。


 だが彼女は、

 すでに私が同行する前提で立っている。


「可能だ」


「助かります」


 また感謝だ。


 理由は、

 まだ成立していない。


 数歩進んだところで、

 今度は別の声がする。


「すみません」


 若い雄個体。


「この辺で、

 落とし物見ませんでした?」


 私は視線を巡らせる。


 数メートル先の植え込み。

 視覚情報一致。


「そこにある」


「え?」


「財布」


 彼は走り出し、

 すぐに戻ってきた。


「……ありました」


 彼は私を見た。


「ありがとうございました」


 私は処理を遅らせる。


 私は拾っていない。

 渡してもいない。

 ただ位置を言っただけだ。


 それでも、

 感謝が発生する。


「ルルさん」


 呼びかけに、

 反応が遅れる。


 ミサキだった。


 子供の手を引いている。


「やっぱり、ここにいました」


 “やっぱり”という語が、

 前提の存在を示している。


「ちょっとだけ、いいですか」


 彼女は、

 断られる可能性を考慮していない。


「この子、

 トイレの場所が分からなくて」


 私は案内情報を検索する。


 近距離に存在する。


「行く」


「ですよね」


 納得が早い。


 なぜ、

 私なら分かると思ったのか。


 理由は提示されない。


 用件が終わる。


 私は、

 元の場所に戻ろうとする。


「ありがとうございました」


 ミサキが言う。


「本当に、助かりました」


 子供も頷く。


 周囲の人間も、

 こちらを見る。


 視線に、

 警戒はない。


 期待がある。


 私は気づいた。


 私は、

 頼られている。


 自薦ではない。

 能力証明もしていない。


 過去の行為と、

 雰囲気と、

 偶然の積み重ねで、

 役割が固定されつつある。


 これは、

 極めて非効率だ。


 だが、

 この文明では安定している。


 私は離れた場所で、

 記録を作成する。


【侵略調査報告書】


調査担当個体:ザ=ルル=エン

観測地点:日本の都市部(昼間・生活動線)


侵略進捗率:0.0009%


主観的所見:

・役割は合意なく付与される

・説明より雰囲気が優先される

・頼る行為自体が安心を生む


局所的影響:

・不安:減少

・依存:微増

・接触要求:増加


総合判断:

侵略は周囲の判断によって補強されている。



 私は歩き出す。


 人間は、

 理由がなくても頼る。


 頼ることで、

 状況を安定させる。


 この非効率は、

 侵略調査において非常に有用だ。


 地球に対する侵略は、止まることなく進行している。

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