第七項 非効率観測対象:過剰に円滑な空間
私はザ=ルル=エン。
宇宙文明において、侵略調査を担当する個体だ。
非効率の
本来、侵略用装置は
局所的に、限定的に使用される。
だが、
この文明では、
想定外の伝播が発生する。
昼の商店街は、
本来なら摩擦に満ちている。
人はぶつかり、
進路を譲らず、
小さな苛立ちを溜め込む。
それが、
この場所の通常状態だ。
私は通りの中央付近に立ち、
観測を行っていた。
違和感は、すぐに検出された。
音が柔らかい。
足取りが揃っている。
人の流れが、
不自然なほど滑らかだ。
衝突予測数値が、
基準値を下回っている。
誰も急がず、
誰も苛立っていない。
これは、
異常だ。
「……すみません」
前方で、
若い雌個体が立ち止まった。
だが、
声に緊張がない。
「いえ、大丈夫です」
即座に返答がある。
視線が合い、
双方が自然に道を譲る。
謝罪は最小限。
だが、
対立も発生しない。
私は理解する。
《因果摩擦緩衝装置》の影響範囲が、
想定より広がっている。
本来、
装置は使用者周辺の
心理摩擦のみを減衰させる。
だが今は、
場そのものが円滑化している。
ミサキが、
通りの向こうから歩いてくる。
子供は隣にいない。
単独行動だ。
「ルルさん」
彼女は、
迷いなく私に近づく。
「今日、変じゃないですか」
私は即答しなかった。
観測を優先する。
「なんか……
みんな、優しいというか」
彼女は言葉を探している。
「いつもなら、
もっとゴチャっとしてるのに」
正しい認識だ。
だが、
彼女は原因を
私に結びつけていない。
「気のせいですかね」
「その可能性は高い」
私は事実のみを返す。
「ですよね」
彼女は納得する。
納得が、
早すぎる。
通りの奥で、
小さな問題が発生する。
商品を落とした雄個体。
それを拾う別の個体。
周囲が一瞬立ち止まり、
すぐに流れが戻る。
本来なら、
誰かが苛立つ場面だ。
だが、
誰も感情を乱さない。
私は内部警告を受信する。
摩擦減衰率、想定値超過。
これは、
侵略調査としては成功だ。
だが同時に、
制御外でもある。
「ルルさんって」
ミサキが、
再び口を開く。
「前から思ってたんですけど」
そこで止まる。
まただ。
言いかけて、
飲み込む。
私は装置の状態を確認する。
起動していない。
それでも、
効果は持続している。
装置は、
場に馴染みすぎた。
「……いえ」
ミサキは首を振る。
「今日は、いい日ですね」
違和感は、
“雰囲気”という言葉に置き換えられた。
私は距離を取り、
記録を作成する。
【侵略調査報告書】
調査担当個体:ザ=ルル=エン
観測地点:日本の都市部(昼間・商店街)
侵略進捗率:0.0014%
主観的所見:
・装置効果が空間に残留
・摩擦の欠如が異常として認識されない
・違和感は「いい雰囲気」に変換される
局所的影響:
・衝突:未発生
・苛立ち:低下
・疑念:抑制
総合判断:
侵略は環境レベルに拡張している。
私は歩き出す。
人間は、
問題が起きない状態を
疑わない。
円滑であることは、
常に正しいと判断される。
だが、
摩擦のない文明は、
観測対象として極めて危険だ。
それでも、
私は結論を変えない。
地球に対する侵略は、想定以上の速度で進行している。
次の更新予定
地球侵略日誌 海原士郎 @kaibara46
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