第四項 非効率観測対象:迷子と再結合

 私はザ=ルル=エン。

 宇宙文明において、侵略調査を担当する個体だ。


 非効率の坩堝るつぼ、日本の都市部に滞在中である。


 この文明では、

 個体は容易に分断され、

 その後、感情を伴って再結合される。


 昼のデパートは、

 情報過多の空間だ。


 光は均一。

 音は反射し、重なり合う。

 目的の異なる個体が、

 同じ動線を共有している。


 私は吹き抜けの近くに立ち、

 観測を行っていた。


 そのとき、

 感情波形の乱れを検出した。


 焦燥。

 不安。

 恐怖。


 発生源は、

 少し離れた場所にいる雌個体。


 識別照合。

 ミサキ。


 彼女は立ち止まり、

 周囲を見回している。


 手は空だ。

 隣にいるはずの幼体がいない。


「……ユウ?」


 声が、

 周囲の雑音に吸収されていく。


 私は状況を把握した。


 迷子。


 この文明では、

 頻発する非効率事象の一つだ。


 原因は多様。

 結果は単純。


 分断と不安。


 私は介入の必要性を検討する。


 本来であれば、

 当該個体同士が自力で再結合するまで、

 観測を続ければよい。


 だが、

 ミサキの感情値は上昇を続けている。


 私は新装置を起動した。


 《存在照合補正装置》。


 本来は、

 敵対個体を効率的に捕捉するための侵略用装置だ。


 今回は、

 親子間の識別情報を参照対象とした。


 装置が反応する。


 空間内の人流が、

 層として認識される。


 その中に、

 一つだけ一致する波形があった。


 幼体。

 ミサキの子供。


 位置、

 三階。

 玩具売り場。


 私は移動を開始した。


 幼体は、

 棚の前に立っていた。


 泣いてはいない。

 だが、動いてもいない。


 視線は商品に向いているが、

 集中していない。


 私は近づいた。


「ユウ」


 呼びかける。


 幼体が振り向く。


「……ママ?」


「違う」


 私は正確に答える。


 幼体は一瞬考え、

 次に私を見上げた。


「ママ、いない」


 事実だ。


「一緒に行く」


 私はそう言った。


 論理的な説明は省略した。


 幼体は、

 少しだけ迷ってから、

 私の方へ一歩近づいた。


 判断理由は不明だ。


 だが、

 結果として同行を選択している。


 私は手を差し出した。


 幼体は、

 それを握った。


 体温が伝わる。


 不必要な情報だが、

 記録しておく。


 ミサキは、

 同じ場所を何度も往復していた。


 視線は落ち着かない。

 呼吸は浅い。


「……ユウ……」


 その声が、

 途中で止まった。


 彼女の視界に、

 私と幼体が入ったからだ。


「……え?」


 次の瞬間、

 彼女は走り出していた。


「ユウ!」


 幼体は手を離し、

 ミサキに抱きつく。


 ミサキは、

 幼体を強く抱きしめる。


 言葉が出ない。


 呼吸だけが荒い。


「……ありがとうございます」


 顔を上げたとき、

 彼女は私を見た。


「本当に……

 本当に、ありがとうございました」


 理由は、

 説明されていない。


 だが、

 結果だけで十分らしい。


「どうして……?」


 問いかけは途中で止まった。


 彼女は、

 答えを求めていない。


「……よかった」


 それだけ言った。


 私は名乗る。


「私はザ=ルル=エンだ」


「……ルルさん」


 即座に呼び名が定着する。


 疑問はない。

 警戒もない。


 信頼だけが、

 自然に形成されている。


 これは、

 非効率だ。


 だが、

 非常に安定している。


 私は距離を取り、

 記録を作成する。


【侵略調査報告書】


調査担当個体:ザ=ルル=エン

観測地点:日本の都市部(昼間・大型商業施設)


侵略進捗率:0.0007%


主観的所見:

・分断された個体は強い不安を生む

・再結合は感情的価値が極めて高い

・理由の説明は重要視されない


局所的影響:

・不安:解消

・信頼:定着

・接触継続性:確定


総合判断:

侵略は安定段階に移行している。



 私は歩き出す。


 人間は、

 失われたものが戻ったとき、

 理由よりも結果を重視する。


 この非効率は、

 関係性を固定化する。


 侵略調査として、

 極めて有効だ。


 地球に対する侵略は、着実に進行している。

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