第二項 非効率観測対象:謝罪多用個体

 私はザ=ルル=エン。

 宇宙文明において、侵略調査を担当する個体だ。


 非効率の坩堝るつぼ、日本の都市部に滞在中である。


 この文明において、

 理解不能な行動は多数確認されているが、

 特に注目すべきものがある。


 謝罪だ。


 人通りは少ない。

 だが、音は消えない。

 遠くで車が止まり、

 どこかで人の声が重なっている。


 私は歩道の端に立ち、観測を続けていた。


「すみません」


 前方で、地球人が頭を下げている。


 原因は不明。

 事故は起きていない。

 接触もしていない。


 それでも謝罪している。


 私は処理を開始する。


 謝罪は、

 過失の存在を前提とする行為だ。

 だが、過失は確認されていない。


 非効率である。


 信号が変わる。

 人が動く。


「すみません」

「いえ、こちらこそ」

「いえいえ」


 謝罪が循環している。

 誰も優位にならない。

 責任も確定しない。


 これは無駄だ。


 私は判断した。


 この行為は、

 侵略調査の対象として価値が高い。


 私は再び、

 白く明るい建物の前に立っていた。


 二十四時間稼働の小規模物資供給拠点――

 地球語で「コンビニエンスストア」と呼ばれている施設だ。


 自動扉が開く。


 冷気が流れ出し、

 体表の温度が一気に切り替わる。


 入った瞬間、声が重なった。


「すみません、今レジ一つしか使えなくて」


 若い雌個体が、客に向かって謝罪している。


 原因は明確だ。

 人手不足。

 設備制限。


 個体の過失ではない。


 だが謝罪している。


「いえ、大丈夫です」


 客は笑っている。

 怒っていない。

 急いでもいない。


 それでも、

 謝罪と許容が往復する。


 私は観測を開始する。


 謝罪頻度:高。

 業務効率:低下。

 対立発生率:低。


 謝罪は非効率だが、衝突を抑制している。


 理解不能だが、

 記録する価値はある。


 私は侵略装置を起動する。


 《謝罪削減試験装置》。


 本来は、

 対象個体の社会的抑制機構を外し、

 対立を顕在化させるための侵略用装置だ。


 今回は、

 謝罪行為を最小化する設定で使用する。


 装置が反応する。


 空気が、わずかに軽くなる。


「……」


 レジの雌個体が、

 謝罪を口にしかけて、止めた。


「……少々お待ちください」


 それだけ言った。


 客は、何も言わない。

 表情も変えない。


 列は乱れない。


 問題が発生していない。


 むしろ、処理速度が上がっている。


 私は理解できなかった。


 謝罪を削減した。

 効率は改善された。


 だが、

 誰も不満を示さない。


 誰も勝った気分にも、

 負けた気分にもなっていない。


 これは、

 侵略効果なのか。


「……ありがとうございました」


 会計が終わる。


 謝罪は含まれていない。

 だが、場は円滑だ。


 私は肉まんを買った。


 理由は同じだ。

 必要ではないが、

 買わないと不自然らしい。


 外に出る。


 夜の空気が戻る。

 湿り気と、熱と、非効率。


 私は記録をまとめる。


【侵略調査報告書】


調査担当個体:ザ=ルル=エン

観測地点:日本の都市部(局所)


侵略進捗率:0.0004%


主観的所見:

・謝罪は過失と無関係に使用されている

・非効率だが衝突回避に寄与

・削減しても文明は即座に崩壊しない


局所的影響:

・対立:未発生

・業務速度:微増

・安心感:維持


総合判断:

侵略は想定どおり機能している。



 私は歩き出す。


 人間は、

 必要のない謝罪を繰り返す。


 それでも社会は、

 静かに回り続ける。


 合理性では説明できない。

 だが、侵略には好都合だ。


 この文明に対する侵略は、前進している。

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