第6話 幕間 戦果報告と、黄泉の露天風呂
冥府の日本庭園。 枯山水の砂紋が美しく描かれた庭に、甘い紫煙がたゆたっていた。
「――というわけで。お前たちは今、現世でバズり散らかしてるよ」
縁側に腰掛け、長いキセルを優雅に燻(くゆ)らせていたのは、私たちの指揮官――貴志姫乃だ。
その姿は、一言で言えば「異質」だった。 流れる月光を織り込んだような、透き通るプラチナシルバーの髪。 それを古風な簪(かんざし)で結い上げ、豪奢な十二単(じゅうにひとえ)を崩したような着物を、軍服のように凛と着こなしている。
見た目は十代半ばの可憐な少女。 だが、その黄金(きん)色の瞳には、百年近い歴史の重みと、数多の死を見送ってきた老獪(ろうかい)な光が宿っていた。 少女の皮を被った、神仙の類。 あるいは――生きた伝説。 キセルの吸い口を赤い唇から離す所作一つに、背筋が凍るような色気と威圧感が同居している。
彼女が指先で空をなぞると、巨大なホログラムスクリーンが展開された。 『#謎の天使部隊』『#ゼロ』といったワードが、現世のSNSトレンドを埋め尽くしている。
「わぁ……! あ、姉御! 俺たち英雄っスよ!」 画面を指差してはしゃぐのは、千歳ひなただ。 汗で額に張り付いた赤茶色のショートヘアをわしゃわしゃとかき上げ、猫のように大きな琥珀色の瞳をキラキラと輝かせている。小柄だがバネのある肢体は、喜びを全身で表現していた。
「浮かれるのはそこまでにしなさいな。……ま、まあ? 当然の評価ですけれど」 扇子で口元を隠しているが、耳まで真っ赤にしているのは加賀麗華だ。 蜂蜜色(ハニーブロンド)の豪奢な縦ロール髪を揺らし、宝石のアメジストを思わせる紫の瞳を嬉しそうに細めている。 その華やかなソプラノボイスは、隠しきれない高揚感で少し上擦っていた。
「……やれやれ。顔も名前もバレてないのが救いか」 疲れたように溜息をついたのは、天城恭平。 知的なアッシュグレーの髪をかき上げ、割れた眼鏡の奥にあるアイスブルーの瞳を伏せている。線の細い指先で眉間を揉む仕草は、高校生離れした苦労人のそれだ。
そんな若者たちを、姫乃は慈愛と観察眼がないまぜになった瞳で見つめ、フッと煙を吐いた。
「いい気になりなさんな。今は珍しがられているだけさ。……結果を出せなければ、掌を返されるのが大衆(世間)ってもんだよ」
チクリと釘を刺す言葉には、かつて英雄として持て囃され、同時に消費されたであろう彼女の実感が篭っていた。 彼女はパン、と柏手を打つ。
「ほら、初任給だ。受け取りな」
【作戦報酬通知】
合計獲得:48,000 Pt
「稼いだ分、しっかり強くなるんだね。……ビジュアルも含めて」
姫乃はニヤリと笑った。その笑顔は、孫にお小遣いをあげる祖母のようであり、部下に武器を配給する将軍のようでもあった。
***
購買部の鏡の前で、私たちはそれぞれの「新しい姿」を確認していた。
「ふふっ、やはり淑女にはフリルが必要ですわね」 加賀は、防汚・防刃加工が施された『霊式・礼装軍服』を身に纏い、姿見の前でくるりと回ってみせた。 彼女の豊満なプロポーションを強調するように絞られたウエストラインと、スカートから覗く白い太もも。派手な縦ロールと相まって、戦場に咲く薔薇のような華やかさだ。
「俺はこれっス! ブースター・ハンマー!」 千歳は身の丈ほどのハンマーに巨大な噴射口を取り付け、ブンブンと振り回している。 日に焼けた健康的な肌に、無骨な機械とオイルの匂い。そのアンバランスさが、彼女のハスキーな元気さを引き立てている。
天城は、割れた眼鏡を新調していた。 『戦術分析バイザー(伊達眼鏡モデル)』。 一見するとお洒落な銀縁メガネだが、レンズには常に戦況データが流れているらしい。彼の理知的なバリトンボイスと冷徹な眼差しに、冷たい金属の光沢がよく似合う。
そして私は――。 鏡に映る自分を見つめた。 腰まで届く濡羽色(ぬればいろ)の黒髪に、切り揃えられた前髪(姫カット)。 黒曜石のような瞳は、以前よりも鋭く、どこか冷ややかな光を宿しているように見える。
私が選んだのは、三万ポイントもする高額商品。 【霊式・滑空翼(グライダー・ウィング)】
「……似合うじゃないか、レイ」
いつの間にか、背後に姫乃が立っていた。 音もなく忍び寄るその足運び。 彼女は見上げるほど小柄だが、その小さな体から発せられる存在感は、私たち四人を束ねても敵わないと思わせるほど巨大だ。
彼女は私の背中の翼に触れ、どこか懐かしそうに、遠い目をした。
「空を飛べない『ゼロ』なんて、サマにならないだろう?」
「……ああ」
「だが、覚えておきな。翼は自由の象徴じゃない。……堕ちる恐怖と隣り合わせの、鉄の枷だ」
彼女の黄金の瞳が、鋭く私を射抜く。 そこにあったのは、ただの優しさではない。 かつて多くの部下を空で死なせたであろう、指揮官としての厳しさだった。
「それでも飛ぶかい? レイ」
「飛びます。……私は、貴志の家の女ですから」
私が答えると、彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐにクシャリと相好を崩した。
「……はっ。生意気な口を利くようになったねぇ。おしめを替えてやったのが昨日のことのようだよ」
彼女は背伸びをして、私の頭をポンポンと乱暴に撫でた。 その掌は、驚くほど温かかった。
***
買い物を終えた後は、姫乃の計らいで『黄泉の湯』に入ることになった。 女湯の暖簾をくぐると、乳白色の湯気が立ち込めている。
「うひゃー! 極楽っス~!」 千歳が一番に飛び込み、バシャバシャと泳ぎ回る。 小柄だが、陸上部らしい引き締まった体躯。水着の跡が残る日焼けした肌が、お湯に濡れて艶めいている。
「ちょっと千歳! お湯が跳ねましてよ!」 加賀が豊かな胸元を手拭いで隠しながら、眉を吊り上げる。 透き通るような白磁の肌と、くびれた腰つき。同性の私から見ても、彼女の体は完成された芸術品のようだ。普段の高飛車な態度も、この容姿なら許されてしまう説得力がある。
「……ふぅ」 私は肩までお湯に浸かり、長く息を吐いた。 濡れた黒髪が肌に張り付く。
「……あら? ゼロ、その背中……」 加賀が私の背中を見て、ふと声を漏らした。
私の背中には、肩甲骨から腰にかけて、白い古傷が走っている。 幼い頃、剣道の稽古中に負った怪我と、かつて事故に遭った時の傷跡だ。 加賀のような綺麗な肌ではない。
「お見苦しいものを。……武骨だろう?」 「いいえ」 加賀は首を横に振り、少しだけ真剣な、アメジストの瞳で私を見つめた。 「勲章ですわ。あなたが戦う人である、何よりの証明ですもの」
「そうっスよ! 姉御の背中、超カッコいいっス!」 千歳が背中に飛びついてきて、私の背中をゴシゴシと流し始めた。
壁の向こう、男湯からは天城の水音が聞こえる。 「……ありがとうな、ゼロ。みんな」 ボソリと呟くような、低いバリトンボイス。 私は聞こえないフリをして、お湯をすくった。
「ねえ、加賀は生き返ったら何したいんだ?」 話題を変えるように尋ねる。
「……パティシエですわ」 彼女は濡れた金髪をかき上げ、遠くを見る目をした。 「実家の決めた進路ではなく、自分の店を持ちたいんですの。だから……こんなところで死んでられませんのよ」
「俺は、超特盛のラーメン!」 千歳が八重歯を覗かせて笑う。
「姉御は?」
私は、自分の手を見つめた。 剣ダコのある、武骨な手。
「私は……まずは、このふざけた侵略戦争を終わらせる。……話はそれからだ」
凛とした声(アルト)が、浴室に響く。 私たちは顔を見合わせ、笑った。 黒、金、赤茶。 色とりどりの髪と、それぞれの瞳。 見た目も性格もバラバラな私たちだが、今、同じ湯船で同じ未来を見ている。
英気は養った。装備も整った。 翼を得た私たちは、もう地べたを這いずるだけの敗残兵ではない。 次は空から、一方的に狩ってやる。
次の更新予定
蒼穹の女神と、黄泉帰りの学徒兵たち ~元零戦エースのおばあちゃん神様と、曾孫が異世界侵略をぶっ潰す!~ 石橋凛 @Tialys
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