第4話 校舎という名の迷宮と、翼の記憶
その日、日本のSNSと動画サイトは、ある「映像」で埋め尽くされた。
『N市上空に謎の武装集団!』 『CGか? いや、機動隊が助けられてる映像出てるぞ』 『背中に光の翼……天使? それとも旧軍の亡霊?』
巨大な蜂の魔獣を一撃で葬り去った四人の少年少女。 特に、先陣を切った飛行帽の少女の映像は、瞬く間に拡散された。 恐怖に震える市民を守るように剣を構え、ダンジョンと化した校舎へ飛び込んでいくその後ろ姿。
誰が呼んだか、トレンドワードには**『#謎の空挺部隊』そして『#ゼロ』**という言葉が踊り始めていた。 それは絶望的な侵略の最中に現れた、唯一の「希望」の光だった。
***
――N市私立高校、旧校舎一階。
外の喧騒とは裏腹に、そこは死のような静寂と、濃密な腐臭に満ちていた。 見慣れたはずの廊下は、壁が脈打つ肉壁のように変質し、教室の窓ガラスはすべて赤黒い粘液で覆われている。
「……うっぷ。最悪の臭いですわね」 加賀麗華が、ハンカチで口元を覆いながら顔をしかめた。 だが、その不快感は単なる臭気だけが原因ではないだろう。
「ここ……私の教室(クラス)の近くだ」 千歳ひなたが、ひしゃげたプレートを見て立ち止まる。 『1-C』。 数時間前まで、私たちが当たり前の日常を過ごし――そして、理不尽に殺された場所。 廊下の床には、主を失った上履きや、教科書が散乱している。
「……見るな」 私は短く告げた。 私だって、足がすくみそうになる。 あの上履きが誰のものか、思い出してしまうから。
「感傷に浸るのは後だ。今は前だけを見ろ。……来るぞ!」
私の警告と同時に、天井の肉壁が裂けた。 ボトボトと落ちてきたのは、巨大な「蟻」だ。 だが、ただの蟻ではない。全身が金属光沢を放つ甲殻で覆われた、戦車級の猛獣――『重装甲兵蟻(アーマー・アント)』の小隊だ。
「硬そうっスね……!」 千歳が巨大ハンマーを構える。
「数は四。通路が狭い。各自、役割(ロール)を遂行しろ!」 私の号令に、全員が反応する。
「了解! へい虫ケラども! エサはここだぜぇぇッ!」 千歳がハンマーで床を叩き、けたたましい爆音を鳴らした。 蟻たちの複眼が、一斉に千歳に向く。タンク役によるヘイト稼ぎだ。
「右翼の二体、関節構造に隙間あり。……加賀、右の前脚だ。そこなら通る」 後方でタブレットを展開した天城が、冷静に弱点を解析し、マーカーを送る。
「人使いが荒くてよ! ――『炎槍(フレア・ランス)』!」 加賀の杖から、収束された極細の熱線が放たれる。 それは天城の指示通り、蟻の装甲の継ぎ目を正確に貫いた。
ギチチッ!? 体勢を崩し、蟻が前のめりに倒れる。
「――もらった!」 私は床を蹴った。 スキル【縮地】。 一瞬で距離を詰め、倒れた蟻の背中へ駆け上がる。 だが、敵もさるもの。別の蟻が巨大な顎を開き、空中の私を噛み砕こうと首を鎌首のように持ち上げた。
空中。足場なし。回避不能――に見えただろう、常人ならば。
私は空中で体をひねった。 重力に逆らうように、見えない気流を翼で捉える。 上昇の勢いを殺さず、頂点で反転して敵の背後を取る。 航空力学で言うところの『インメルマン・ターン』。
敵の顎が空を切り、無防備な延髄が私の目の前に晒される。
「墜ちろ!」 霊刀・白燕を一閃。 硬い装甲の隙間から刃が吸い込まれ、中枢神経を断ち切った。
***
『…………』
遥か上空。神界のモニター室で、その光景を見ていた貴志姫乃は、口にくわえたキセルを落としそうになった。 モニターに映るのは、狭い廊下を縦横無尽に飛び回る曾孫(レイ)の姿。
だが、姫乃の目には、別の光景が重なって見えていた。
――鼓膜を震わせる栄(さかえ)エンジンの轟音。 鼻をつくオイルと排気ガスの匂い。 南方の強烈な日差しと、どこまでも広がる蒼穹。
後方から迫るグラマンの機銃掃射を、操縦桿を限界まで引き寄せて回避した、あの一瞬。 血液が足元に下がるG(重力)に耐えながら、愛機をひねり、敵機の背後(バック)に食らいついた時の高揚感。
(……ったく)
姫乃は、目尻に浮かんだ涙を指先で拭った。
(教えた覚えもないのに。嫌なところが似るもんだねぇ……)
画面の中のレイは、かつての自分そのものだった。 ただ一つ違うのは、彼女には背中を預けられる仲間がいることか。
「……いいチームになりそうだ。生き残れよ、私の翼たち」
***
戦闘終了。 廊下には、動かなくなった兵蟻の残骸が転がっている。
「ふぅ……なんとかなりましたわね。でも、魔力の消費が激しいですわ」 加賀が乱れた髪を直しながら息を吐く。 千歳も肩で息をしているが、怪我はない。 初めての連携(コンボ)は成功だ。
「戦利品(ドロップ)回収。蟻の甲殻は素材として売れるそうだ。……ん?」 天城が、瓦礫の山に近づき、何かを拾い上げた。
「どうした、天城」 「ゼロ、これを見てくれ」
彼が差し出したのは、ひび割れたスマートフォンだった。 持ち主はもう、ここにはいないだろう。 だが、画面は生きていた。 ロック画面に表示されていたのは、SNSの送信エラー画面。
『助けて 3階の音楽室に逃げ』
そこで文章は途切れている。 送信時刻は――十分前。
「……生存者だ」 私の言葉に、全員の表情が変わる。 まだ、生きている人がいるかもしれない。
「行くぞ。目的地は三階、音楽室!」
私たちは駆け出した。 恐怖も、感傷も、今はもうない。 ただ、守るべき命がそこにあるという事実だけが、私たちの足を前へと動かしていた。
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