第3話 空からの降下者たち
「……ねえ、ゼロ。本当にこれを着なきゃいけませんの?」
冥府の購買部(という名の無骨な武器庫)で、加賀麗華が鏡の前で不満げにスカートの裾を摘んでいた。 支給された1,000ポイントの大半を費やして揃えた、私たちの初期装備――『零式・学徒兵セット』だ。
ベースは私たちが着ていた高校のブレザーとスカート。 だが、その上から革製の頑丈な弾帯(ベルト)を巻き、肩には通信機入りのポーチ、足元は編み上げの軍靴(ブーツ)。 そして頭には、皮の飛行帽と防風ゴーグル。
制服の清楚さと、無骨な軍装が混ざり合った、奇妙だがどこか機能美を感じさせるスタイルだ。
「文句を言うな、加賀。防御力(装甲)はFからEに上がっただろ」 私は飛行帽の顎紐を締めながら答える。 腰には、なけなしのポイントで買った『試作霊刀・白燕(シロツバメ)』が下がっている。
「似合ってるっスよ加賀先輩! なんかスチームパンクって感じで!」 千歳は新しい装備にご機嫌で、その場をぴょんぴょんと跳ね回っている。彼女の背中には、身の丈ほどもある巨大な「霊式・打撃槌(ハンマー)」が背負われていた。
「……時間だ。隊長が呼んでる」 天城がタブレットを操作し、眼鏡の位置を直す。彼の手には、指揮官用の信号拳銃が握られていた。
***
転移ゲートをくぐった先。 私たちが立っていたのは、地面の上ではなかった。
「う、嘘でしょう……!? 高すぎますわよ!」 「ヒャッハー! 絶景っスね!」
そこは、成層圏。 眼下には、青い地球と白い雲海が広がっている。 そして私たちの目の前には、空中に浮かぶ巨大な朱色の『鳥居』が、現世への扉として口を開けていた。
強烈な風が吹き荒れる中、鳥居の上に胡座(あぐら)をかいたおばあちゃん――貴志姫乃隊長が、ニヤリと笑って私たちを見下ろした。
「冥府航空隊、第一回降下作戦を開始する。……ビビって漏らすんじゃないよ?」
おばあちゃんの声は、装着したインカム(通信機)から直接脳内に響いてきた。 視界には、コンタクトレンズ型のHUD(ヘッドアップディスプレイ)が起動し、高度や風速、そして地上までの距離がデジタル数値で表示される。
『目標、現世・N市ダンジョン侵食区画。高度10,000より降下(ダイブ)。パラシュート不要。霊力で着地衝撃を殺せ』
無茶苦茶だ。 だが、不思議と恐怖はなかった。 飛行帽越しに感じる風が、私の血を――姫武将の血を騒がせている。
「総員、降下用意!」
私が号令をかけると、三人が私の背後に並ぶ。 加賀は青ざめているが、杖を構えて覚悟を決めている。 千歳は笑っている。天城は諦めたように溜息をついた。
『――飛べ!』
おばあちゃんの合図と共に、私たちは空の鳥居から、真っ逆さまに飛び出した。
***
――現世、N市。 ダンジョン化した高校を中心に、街はパニックに陥っていた。 警察の規制線を突破し、校舎から溢れ出したのは、車ほどもある巨大な「殺人蜂(キラーホーネット)」の群れだった。
「撃てッ! 撃ち続けろ!」 機動隊員がライフルを乱射するが、巨大蜂の硬い外殻には弾き返されるだけだ。 顎(あぎと)を鳴らす蜂の群れが、逃げ遅れた市民やテレビクルーに迫る。
「ひ、ひぃぃ! 来ないでくれ!」 カメラマンが腰を抜かし、絶望のあまりカメラを空に向けた、その時だった。
ヒュオオオオオオオオ――ッ!
空気を切り裂く鋭い風切り音。 雲を突き破り、四つの流星が地上へと降り注ぐ。
ズドンッ!!
轟音と共にアスファルトが砕け散り、強烈な衝撃波が巨大蜂たちを吹き飛ばした。 濛々(もうもう)と立ち込める砂煙。 その中から、青白い燐光(オーラ)を纏った四つの人影がゆらりと立ち上がる。
テレビカメラが、その姿を捉えた。 飛行帽にゴーグル。古めかしい軍装と、見慣れた制服。 背中には、幽霊のような淡い光の翼が揺らめいている。
「な……なんだ、あれは……?」 誰かの呟きが漏れる中、先頭に立った少女――貴志零が、ゴーグルを上げて鋭い瞳を光らせた。
『現着。……おばあちゃん、敵影多数。全部「蟲」だ』
HUDに映る敵性反応(レッドマーカー)の数は三十以上。 私は霊刀・白燕を抜き放ち、震える足を押さえつけて仲間たちに背中で語りかける。
「訓練通りにやるぞ。――冥府航空隊、交戦開始(エンゲージ)!」
ブォン! と巨大蜂が羽音を立てて襲いかかってくる。 鋭利な針が私の喉元に迫る――が。
「遅ぇんだよ、害虫!」
横合いから飛び出した影――千歳ひなたが、身の丈ほどのハンマーをフルスイングで叩き込んだ。 グシャアッ! 嫌な音と共に、巨大蜂の頭部がトマトのように弾け飛ぶ。
「うっわ、キモッ! 汁飛んできたんスけど!」 「千歳、下がりなさい! 射線確保!」
千歳がバックステップで離脱した瞬間、後方で詠唱を終えていた加賀麗華が杖を突き出す。
「消し炭におなりなさい……『爆炎(フレア・バースト)』ッ!」
彼女の杖から放たれたのは、火炎放射器など比較にならない紅蓮の炎。 密集していた蜂の群れが、断末魔を上げる間もなく一瞬で灰へと変わる。 凄まじい火力だ。これが「装甲E」の代償か。
「残存敵、右翼に三体! ゼロ、頼む!」 天城の冷静な指示がインカムに飛ぶ。
私は地面を蹴った。 スキル【縮地】発動。 視界が流線となり、距離が一瞬でゼロになる。
驚愕に動きを止めた蜂の懐に潜り込み、白燕を一閃。 硬い外殻を豆腐のように切り裂き、緑色の体液を撒き散らして敵が沈黙する。
――勝てる。 生身だった頃なら恐怖で動けなかっただろう相手に、私たちは勝っている。
「……すげえ」 呆然と見ていた機動隊員のひとりが呟いた。 「空から、増援が……? あいつら、一体何者なんだ?」
その様子は、全国ネットのニュースで生中継されていた。 光り輝く翼を持った、謎の少年少女たち。 かつてこの国を守った英霊のような、あるいは未来の兵士のようなその姿に、世界中が釘付けになっていた。
『作戦第一フェーズ完了。……ふふ、派手にやったねぇ』
脳内で、おばあちゃんの楽しそうな声が響く。 私は刀の血糊(霊液)を振るい、カメラの向こうの人々に届くように、あるいは自分自身に言い聞かせるように、静かに告げた。
「こちらはコード・ゼロ。……これより、ダンジョンへの突入(ダイブ)を開始する」
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