第3話

グラウンドの上には、雲ひとつない青空が広がっていた。天候に恵まれたその日、体育祭は予定通り九時に開会した。開会の言葉や校長先生の挨拶が述べられ、私たちはさんさんと日差しが降り注ぐ中でそれを聞いていた。

『四、選手宣誓。』

放送係の声が響き渡り、各ブロック長がブロック旗を持って朝礼台の前に集合した。ブロック長たちは宣誓の言葉を、一人ひとりがバトンを繋ぐように言葉を続けた。

「私たちは今日この体育祭のために」

「日々積み重ねてきた努力を胸に」

「仲間と共に助け合い」

「全力で競技に挑むことを誓います。」

ブロック長たちが礼をして解散すると、周りから拍手が起こった。ブロック旗が、私たちの闘争心を受けてはためいた。その後準備体操を終えた私たちは、ブロックごとに整列して退場した。西野君はスタンドの前で、最初の種目に出場する生徒たちに、応援の言葉をかけていた。

「頑張って。みんながついてるからね。」

『プログラム一番、二人三脚。』

爽やかな秋晴れのもと、私たちの戦いは幕を開けた。



『プログラム七番、ムカデ競走。』

この次は障害物競走だ。スタンドから降りる出場者たちを、西野君はハイタッチで送り出していた。そろりと手を上げると、西野君は優しくハイタッチをした。

「頑張ってね。」

私は小さく頷いた。じんわりと頬が熱くなった。ムカデ競走が終わり、いよいよ午前中最後の種目となった。

『プログラム八番、障害物競走。』

私たちは整列したまま駆け足で入場し、朝礼台の前で立ち止まった。第一走者の私はスタートラインに立ち、キュッと拳を握った。スタンドの方から声援が聞こえる。心臓の鼓動が大きくなった。

「位置について…」

数メートル先の平均台を見つめた。

「よーい…」

姿勢を低くして右足を下げた。体重を僅かに前にかけ、その時を待った。


パンッ


ピストルが鳴ると同時に、左足で思い切り地面を蹴った。地面に足を付けた細長い棒に向かって、バタバタと足を進めた。平均台の前で急ブレーキをかけ、一歩足を乗せた。気持ちとは裏腹に歩みが遅くなる。平均台から降り、私は三人の背中を追いかけた。机の前で立ち止まり、緑色の液体が入ったコップを手に取り口に運んだ。一口飲んだ瞬間、ギュッと目を閉じた。癖のある苦味が舌を刺激する。青汁を無理やり喉の奥に流し込み、コップを置いて再び走り出した。地面にあるテニスラケットを握り、ボールをラケットのガットの上に置いた。ガットの上を忙しなく動くボールをコントロールしながらカーブを曲がる。赤ブロックのスタンドの前を通ると、西野君の声が聞こえた。

「いいぞ、よし、追い抜いた!」

私は更にスピードを上げた。ボールは一度も地面に落ちることなく、ラケットと共に机の上に置かれた。順位を更に繰り上げるべく、私は網の中を這いつくばった。膝が地面に付き、砂がまとわりついた。汚れなんて気にしてる場合じゃない。網を抜けすぐさま立ち上がり、思い切り地面を蹴った。二つ目のハードルを越えると、二番手の選手の背中が近づいてきた。もう少し、もう少しで追い抜ける。最後のハードルが近づいてきた。必死に腕を振り足を上げた、その時だった。


ガシャン


体が前に倒れ込み、膝が地面を強く擦った。地面に蹲る私を置いて、選手は次々と次走者にタスキを渡した。

「痛った…」

じんじんと膝が熱くなった。血が滲んだ皮膚に砂が張り付いていた。スタンドの生徒や先生たちの視線が私に刺さった。私は痛みを堪えて立ち上がり足を進めた。やっとの思いで次走者にタスキを渡すと、周りから湿っぽい拍手が起こった。私は赤ブロックの列の最後尾に周り、地面に座るとギュッと膝を抱えた。


だめだ、堪えなきゃ。


熱を持つ膝の痛みと、大衆の前で派手に転んだ恥ずかしさ、そして何より大幅に遅れをとってしまった申し訳なさが、私の涙腺を刺激した。私は小さく深呼吸をし、ぐちゃぐちゃに渦巻いた気持ちを遠くに押しやった。心の荒波を必死に抑えていると、あっという間に最後の走者がゴールした。係の号令で私たちは立ち上がり、駆け足で退場門へと向かった。



「二階堂さん、大丈夫?」

本部テントで怪我の手当をしてもらい、スタンドに戻ると西野君が声をかけてくれた。

「大丈夫。ごめんね、青ブロックに抜かれちゃった。」

午前中の競技が終わり、赤ブロックは二位から三位に転落した。障害物競走で青ブロックが一位になったことで逆転されたのだ。

「気にしないで。勝負はこれからだよ。」

西野君の熱い視線が私に刺さった。しかし一位との点差はとても大きく、優勝を狙うのは難しかった。キュッと唇を噛み視線を落とすと、西野君は言った。

「大丈夫だよ。絶対大丈夫。二階堂さんの頑張りは絶対無駄にしない。」

頬と目頭が熱くなった。私は西野君の顔を見た。

「…ありがとう。」

『これから一時間の休憩に入ります。午後の競技は十三時から行います。』

放送係の声が響き、生徒たちは散り散りに校舎へと向かった。

「じゃあ、午後も頑張ろうね。」

西野君は手を振った。西野君に手を振り、私は空を見上げた。雨を降らせないために遠ざけた感情が、何故か太陽のように輝いて見えた。私は小さく息を吐き、校舎へと向かった。

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