第2話

中間テストが終わると、体育祭の練習が本格的に始まった。一回目のブロック集会で、ブロック長の西野君は下級生たちに挨拶をした。

「赤ブロックのブロック長、西野晴彦です。」

西野君は下級生の顔を見渡し、ニヤリと笑った。

「みんな、正直体育祭とかダル〜って思ってない?」

下級生たちは気まずそうに視線を逸らしたり、苦笑いをした。西野君は続けた。

「ダルいって思って手を抜いてたら勿体ないよ!全力で取り組んだら絶対楽しいから。心の底から勝ちたい!やり切りたい!って思ったら、一生忘れられない思い出になる。俺が保証する。この体育祭がみんなの宝物になるように、俺、精一杯頑張るから。みんなも着いてきてほしい。よろしくお願いします。」

西野君が頭を下げると、じわじわと拍手が起こった。西野君の言葉が、私の胸にチクリと刺さった。本当は、私も心の底から体育祭を楽しみたい。でも、その先に起こる悲劇を避けるためには、なるべく心を遠ざけるしかなかった。副ブロック長や応援団の紹介を終え、西野君はハキハキと言った。

「ブロック集会では主に応援合戦の練習をします。今日はひとまず、応援団の演武を見てもらいます。時間があったら声出しの練習もしようね。」

応援団がフォーメーションを取り、演武を開始した。演武の完成度は既に申し分なく、キレのある動きが綺麗に揃っていた。みんなの戦いは、私たちの知らないところでもう始まっていたのだ。演武を終えると、自然と拍手が起こった。

「じゃあ、みんなが声出しするところを説明するね。みんな、しっかり声出せる?」

西野君の問いかけに、下級生は大きな返事で答えた。西野君や応援団の熱量が、下級生たちの心にも火を付けたようだ。私たち赤ブロックは、体育祭に向けて好調な滑り出しを見せた。



体育の授業では、入場行進や種目の練習も始まった。

「障害物競走に出る生徒、集合。」

先生の合図を聞いて、私は先生の前に駆け寄った。整列した私たちに、先生はトラックにある障害物の説明を始めた。

「スタートしたらまず、平均台を渡る。その先にある青汁を飲み干して、そこに置いてあるテニスラケットにテニスボールを乗せて、落とさないように走る。そうしたらあそこ、半周地点にあるあそこの机にラケットとボールを置いて、その先にある網をくぐる。網を抜けたらハードルがあるので、越えながらゴールを目指す。っていう流れだ。分かったか?」

私たちは返事をした。運動は苦手だが、純粋な力比べになる徒競走よりはやりやすいはずだ。

「じゃあ、青汁以外一通り流してみるから。感覚掴んでおけよ。」

私を含む、最初に走る四人が位置についた。

「よーい…」

ピッ

先生の笛の合図で一斉に走り出した。大まかな流れを掴むための練習なので、みんな軽い力で競技に臨んでいた。しかし、その中でも私は自身の力不足を感じた。平均台を渡るスピードは一際遅く、ラケットの上のボールは何度も地に落ちた。網をくぐりながら、私は思った。


このままでは勝てない。


そう思った瞬間ハッとした。私はこの競技で勝とうとしているのか?西野君に感化されたその気持ちを遠ざけようとしたが、自分の元に引き寄せじっと向き合った。私はどうしたいんだろう。熱い気持ちを遠ざけるのはなぜなんだろう。泣きたくないのはなぜなんだろう。最後のハードルを越えゴールに飛び込んだとき、私は大きく息を吐いた。


私は西野君の力になりたい。体育祭を成功させようと頑張っている、西野君のために頑張りたい。


心の殻が破れた瞬間だった。その先に何があるとしても、私は全力で体育祭に臨むことを誓った。私の上には、秋晴れの爽やかな空が広がっていた。




練習を重ね、みんなの体育祭への熱は最高潮に達していた。体育祭を翌日に控えたその日、帰りのホームルームを終えると、西野君が私に声を掛けた。

「二階堂さん。」

振り返ると、西野君は笑顔で言った。

「練習、頑張ってくれてありがとう。運動とか大きい声出すのとか、本当は苦手だよね?」

西野君はどうしてこんなにも観察力があるのだろう。私は小さく笑った。

「最後の体育祭だから、みんなのために頑張らなきゃと思って…。」

西野君は優しい瞳を私に向けた。

「みんなのために、じゃなくて、自分のためにもなってるはずだよ。二階堂さんが頑張った分、明日はきっと楽しい日になるよ。」

西野君の言葉に、私の心はじんわりと温かくなった。

「…ありがとう。」

私が微笑むと、西野君も微笑んだ。

「じゃあ、明日頑張ろうね。」

西野君はひらりと手を振り、教室を後にした。私はホームルームで配られたハチマキをきゅっと握りしめた。泣きたくない。けど、泣けるくらい頑張りたい。期待と緊張が高まる中、その日はやってきた。

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