空が泣いている
@mochimochi_ai
第1話
グラウンドの隅で、滝のような雨に打たれた。生徒や先生は突然の雨に戸惑いながら、校舎へと走っていった。みんな、ごめんなさい、堪えきれなくて。私の涙は、空の涙と混じって頬を伝っていった。
*********
「二階堂雨音。」
「はい。」
先生に名前を呼ばれ、私は席を立ち教卓の前まで歩いていった。先生から通知表を受け取り、軽く頭を下げて席に戻った。先生が次々と通知表を渡していく中、クラスメイトはお互いに通知表を見せ合い騒いでいた。私は誰にも話しかけず、また話しかけられず、先生が通知表を配り終わるのを待っていた。
「じゃあ二学期、元気な顔見せろよー。」
通知表を配り終えた先生がそう告げると、日直が号令をかけた。
「起立、礼。」
高校三年生の一学期が終わりを告げた。
騒がしい教室を出た私は図書室へ向かった。目当ての本を探していると、生徒が次々と図書室の扉を開けて入ってきた。いつもの放課後なら有り得ない光景に一瞬疑問を持ったが、夏休みの宿題に読書感想文があることを思い出し納得した。これ以上混雑する前に帰ろう。私は本を五冊ほど抱え、カウンターへ向かった。
「二階堂さん、そんなに借りるの?」
後ろから声を掛けられてドキリとした。振り返ると、クラスメイトの西野晴彦君が目を輝かせていた。さっぱりとした短髪に、部活で焼けた浅黒い肌。爽やかな顔立ちと高いコミュニケーション能力。私とは対象的な”陽”の人間だ。
「すごい、本好きなんだね。俺全然本読まなくてさ、何読めばいいか分かんないんだよ。ねぇ、何かお勧めとかある?」
西野君の誰に対しても平等なその姿勢は、目を見張るものがある。長い髪を垂らした辛気臭い私にも、こうして明るく声を掛けるのだから。
「えっと…何か読みたいジャンルとかある?」
私が声を絞り出すと、西野君は頭を捻った。
「そうだなぁ、とにかく読みやすいやつがいいな。」
私は平常心を装いながら、西野君の要望に応えた。
「だったら、最上ユウさんの作品とか読みやすいと思うよ。」
私の答えを聞いて、西野君は顔を明るくした。
「最上ユウ?へー、ありがとう。探してみるよ。」
西野君は私に笑顔を向けると、友達と一緒に本棚へ向かった。私は火照った頬を、本を持つ手と反対の手で抑えた。こんな些細な会話しか出来ない現状にため息が出る。でも、そもそも私なんかが恋をしてはいけないんだ。私は感情を高ぶらせてはいけない。何故なら………
私が涙を流すと、空も涙を流すからだ。
それは私が幼稚園児の頃だった。楽しみにしていた遠足の日、私は熱を出して行くことが出来なかった。どうしても遠足に行きたかった私は、布団の中でわんわんと泣きじゃくった。するとどうだろう、さんさんと晴れていた空が急に暗くなり、大粒の雨が窓を叩いた。もちろん遠足は中止となり、私以外の園児も悲しみに暮れることになった。それ以来、怪我をして泣いたり喧嘩をして泣いたりする度に、空から雨が降るようになった。突然の雨は、人々の心に苛立ちや悲しみをもたらす。それに気づいた私は、感情を遠ざけるように生きてきた。それなのに…
「二階堂さん、今日はありがとう。また二学期にね。」
帰り際下駄箱で西野君にかけられたその言葉が、私の心臓の鼓動を早めた。友達とワイワイと話しながら学校を去る西野君を、私はじっと見つめた。いけない、これ以上好きになってはいけない。私は首を振った。だって、失恋したらどうなると思う?私の悲しみが深くなればなるほど、降る雨は激しさを増す。もし災害を起こしてしまったらと思うと、この気持ちを野放しにしておけなかった。でも、それでも、西野君の優しい笑顔が、私の心を掴んで離さなかった。どうしようもない気持ちを抱えて、私は学校を後にした。
九月に入っても、太陽の日差しは衰えなかった。始業式の日の放課後、私は図書室で本の返却をしていた。新しい本を借りようと本棚を見ていると、ガラリと図書室の扉が開いた。
「あ、二階堂さん!」
声のする方へ顔を向けると、西野君がこちらに手を振った。西野君は私の元へ近づき、笑顔で言った。
「教えてくれた作家の本、面白かったよ。ありがとう。」
私は心臓が飛び出そうなのを抑えながら、小さく微笑んだ。
「よかった。」
西野君は続けて言った。
「『名称未確認ファイル』って短編集を読んだんだけど、二階堂さんも読んだことある?」
私は小さく頷いた。
「あるよ。…面白いよね。」
私の言葉に、西野君は顔を明るくした。
「どの話が好きだった?俺は通販の話かなー。なんか将来、ああなりそうで怖いなって思って。」
私は西野君に同調した。
「わかる。私は同窓会の話も好きだった。」
西野君は腕を組んだ。
「あれねー、わかる。いい話だよね。」
西野君はふと時計を見あげ、ビクッと体を震わせた。
「やべっ!部活始まる。じゃあ、俺行くから。二階堂さんに感想話せてよかった。またね。」
西野君はバタバタと扉に向かった。
「あ、そうだ!」
扉を開ける直前、西野君はこちらを振り返って言った。
「体育祭、頑張ろうね。二階堂さんも仲間だからね。」
西野君はガラリと扉を開け、バタバタと去っていった。私はその姿をじっと見て、ふぅ と息を吐いた。
『二階堂さんも仲間だからね。』
西野君の優しさが、私の心に深く沁みた。体育祭、か…。高校生活最後の体育祭。皆にとって、西野君にとって大事な大事な体育祭。台無しにしないようにしなければ…。拳をきゅっと握り、私は本の物色に戻った。外はさんさんと日差しが降り注ぎ、グラウンドを明るく照らしていた。
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