第3話 冒険者をする理由
シドとアイシャが対決した日からしばらく経過した。
あれからアイシャは少し大人しくなって、あまり依頼のことを言わなくなった。
シドに負けて落ち込んでいるのかもしれないと思うとなんだか急にアイシャのことを不憫に感じてきた。
「なあ、シド。最近アイシャを見ないな。お前に負けて落ち込んでいるんじゃないのか?」
「ふーん。だとしたら、まあ良いことなんじゃないのか? 自分の弱さを自覚できないやつは三流だからな」
シドは書類を片付けながら冷静に返していた。
僕は冒険者じゃないし、経験もない。元冒険者のシドが言うならアイシャは三流ということなのだろうか。
「俺は気持ちの面で冒険者をサポートすることはできねえ。強くなりたい。技術を磨きたい。そういうんだったらいくらでも付き合ってやれるけどな」
シドがボソっとつぶやく。シドもメンタル面で不調になり、冒険者を引退している。
もし、メンタルを回復できる方法があるならシドの方が知りたいくらいだろう。
冷たい言い方に聞こえるかもしれないけど、命がけで前線を張ってから退いたシドが言うことだからこそ重みを感じる。
僕はどうしてシドがメンタルを病んだのかまでは知らない。本人が語ってないのなら、訊くのも失礼な話だと思う。
本人の自覚なしでメンタルが崩れることもあるだろうし、そこについて気にしても仕方ないだろう。
そんなこんなでシドと事務作業をしていたら退勤時間になったので僕はそのまま業務を終わらせて家路へとついた。
帰宅途中に近くの訓練場にて、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
「はぁっ! やぁあ!」
女性が懸命にサンドバッグとなるかかしに蹴りを入れ続けている。
この女性は間違いない。アイシャである。
アイシャはここでずっと訓練していたのだろうか。蹴りを放つとキラキラと眩い爽やかな汗が飛び散る。
ここはギルド長として声をかけるべきだろう。
「アイシャ。訓練しているのか?」
「……ギルド長か。まあ、見りゃわかんだろう。シドさんに言われた通りのことをしているだけだ」
アイシャは練習の手というか蹴りをやめて僕の方を見る。
別に練習を止められて怒っているような雰囲気ではない。なんだか憑き物が落ちたように柔和な表情になっていた。
「結局、シドの言う通りに足技を鍛えているんだね」
「んー。まあ、そうだな。少なくともアタシよりかはシドは冒険者歴は長い。言っていることも間違ってはないだろう。だからここは1つ乗らせてもらうことにした」
アイシャは近くに置いてあったバッグからタオルを取り出して額の汗を拭う。
「アタシには……どうしても冒険者として大成しなくちゃいけない理由があるんだ……!」
アイシャは拳を握りしめて、真剣な眼差しで空を見上げていた。
僕はアイシャのことについてほとんど知らない。
名前、年齢、性別、経歴、資格、家族構成等の個人情報は登録されているから頭に入っている。
しかし、それ以外のプライベートなことや過去については本当に何も知らない。
ここは彼女のプライベートに触れるチャンスではないだろうか。
ギルド長として所属している冒険者のことを知らなすぎるのも良くないだろう。
「アイシャ。もし差し支えなければその理由とやらを僕に教えてくれないか」
「……まあ、いいか。ギルド長は知っているか知らんが、アタシには両親がいない。アタシにいるのは病弱な弟だけだ」
アイシャは語り始めた。
プライベートなことを語ってくれるということは、それなりに心は許してもらっているのだろうか。
少なくとも嫌われてはいないようだ。アイシャは口が悪いから、もしかしたら僕のことを嫌いな可能性も少しは疑っていたけれど。
「弟は別に死ぬような病気ではない。治療を続ければな。慢性的に身体を蝕まれている状態で病気の進行を遅らせる薬がなければ、数年も持たねえんだよ」
アイシャは悔しそうに語っている。両親がいなくて家族は弟だけ。
その弟が病気で苦しんでいるんだったら、身を引き裂かれるほど辛い気持ちは理解できる。
「その薬も高額というわけではない。真面目に働いていれば問題なく買える金だ。だが、幼い頃に両親を失い、まともな教育も受けていない女にはたけえ金額なんだよ」
冒険者の中には学歴がほとんどない者も珍しくない。まともに学歴があれば、まともな報酬がもらえる職に就ける。危険で報酬も安定しない冒険者を目指す動機がそもそもない。
中には僕と同程度の学歴がありながら、冒険者になる道を選んだシドもいるが。
彼の場合は学術的調査を目的としている。シドの専門は遺跡の調査。
遺跡の価値もわからず、考古学の知識もなく、荒くれものが多い冒険者に遺跡を荒らされたくないと、シドは自らの手で実地調査を行っていた。
「だから、アタシには学歴関係なく稼げる冒険者になるしかなかった。弟もそんなアタシのことをかっこいいって言ってくれた。アタシの冒険話を聞いて目を輝かせてくれた」
アイシャはどこか目が潤んでいた。
あまり泣き虫な印象がない彼女だが、家族の情に厚く涙することもあるのだろう。そう思うとなんだか親近感が生まれる。
「アタシが稼げない情けねえ冒険者のままだと、弟に希望を与えることができねえ。弟の病院もこの近くにあるし、見舞いのためにも遠くのギルドに行くわけにもいかねえ」
アイシャほどやる気がある冒険者がどうしてウチみたいな弱小ギルドに所属しているのか疑問だったけれど、ようやくその理由が納得できた。
そんな事情があったのなら、もっと早く知りたかった。そうすれば……
「アイシャ。わかった。弟さんのためにも僕も協力できることは協力する。稼げる依頼。必ず掴んでみせる」
別に今までがやる気がなかったわけではない。
でも、アイシャの事情を知った今となると何が何でもアイシャに稼がせてやりたい。いい仕事を回してやりたいって気持ちが強くなった。
「な、なんで。お前がやる気出してんだよ……ったく」
アイシャは僕から視線をそらしてまたサンドバッグ用のかかしに向かう。
そして、何事もなかったかのようにまた蹴り技の練習を始めた。
今までは仕事がないからと定時上がりしていたけれど、少しは残業も検討してみるか。
ギルド長は役員報酬が支払われる立場だから、残業代は出ない。でも、そんなことを気にしていられるような状況でもない。
僕は今日のところはじっくりと休息して明日に備えることにした。
◇
ドサっと僕は大量の書類を用意して、それを確認している。
良さげな仕事には忘れないようにメモをしてピックアップしていこう。
しかし、近場で稼げる案件はそんなにない。誰もこのギルドに期待していない証拠だ。
だから少し遠方の仕事も取り寄せてみたけれど……このギルドのネームバリューで受けさせてもらえるのだろうか。
「ジーン。そんなに張り切って仕事してどうした? いつもの仕事量の3倍はあるぞ」
「ああ。やる気を出したいお年頃なんだよ」
「ふーん。まあ、お前がやる気を出してくれるなら俺も嬉しいよ。実質的な左遷を食らって気が病んでいるかと思っていたからな」
シドは僕が左遷をさせられた現実を突きつけているけれど、へこたれている時間はない。
アイシャの方がきっと辛いはずだ。野犬確保でも報酬は出るが、実入りはそんなに良くない。
きっと弟さんの薬代で精一杯なのだろう。
「ん……? これは……」
僕はある書類に目が留まった。それは指名手配モンスターと呼ばれるものだ。
特に悪質で凶悪なモンスターには懸賞金がつけられる。その指名手配のモンスターを討伐すれば賞金がもらえるというシステムだ。
指名手配と言っても管轄内のギルドでなければ懸賞金の対象にならない制約も一部ではあるが……
「なあ、シド。質問いいか?」
「ああ」
「この全国指名手配モンスターってのは、僕たちのギルドが討伐しても問題なく賞金はもらえるのか?」
「そうだな。管轄に関係なくギルドに所属している冒険者なら誰でももらえるはずだ」
僕はこの手配書を見て笑った。
これだ。この仕事だ! 冒険者なら誰でも対象となるなら、この弱小ギルドに所属しているアイシャにだってその権利はあるはずだ。
エリート役人の年収くらいの額がこのモンスターにかけられている。更に最後に出た目撃情報もこの近辺だ。
これしかない!
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