第2話 シドとアイシャの衝突
シドが僕から視線をそらす。照れくさそうに笑いながらシドは話を続けた。
「それで……まあ、俺は冒険者に復帰するつもりはない。だから、これからは別の道を歩もうと思っているんだ」
「別の道ねえ。それが僕の下で働くってことか?」
たしかに冒険者と冒険者ギルドの職員は全く仕事内容が違う。
事務手続きや雑務、営業をかけたりするのは職員の仕事であるが、冒険者当人はそういうことをせずに依頼されたところに派遣されて所定の仕事をするだけで良い。
「俺は冒険者の経験がある。冒険者視点でお前の助けになれるんじゃないかなと思ってな」
「どうして……僕のところなんだ?」
「まあ、冒険者なんて命がけの仕事をずっとしているとあるんだよな。たまに友人に会いたくなる時って言うのが。出身地である北ランス自治国もそうだけど……お前の顔だって浮かぶことはあったんだぜ。ジーン」
シドは精神的な病を抱えている。過去の人とのつながりを再確認したいと思うのは不自然なことではない。
「わかった。一応は採用の権限は僕にある。じっくり持ち帰って前向きに検討してみることにするよ」
「おー! ありがとう! ジーン。お前ならそう言ってくれると信じてたぜ!」
シドはサムズアップをして爽やかな笑顔を僕に向けてきた。
こうして僕は人を雇える予算があるのかどうかを確認して、諸々の調整をした結果、シドを雇うことにしたのだった。
◇
シドが初出勤の日。僕がシドに仕事を内容を説明すると、またドタバタとアイシャの足音が聞こえてきた。
「おい! ギルド長! 仕事はまだか!? ……ん? 誰だこいつは?」
アイシャがいつもの通りに仕事を求めてやってきた。
そこで見慣れないシドの姿をジロジロと見て怪訝な顔をしていた。そして、シドの顔に覚えがあったのかハッとした表情を見せてシドを指さす。
「お、お前は! シド! どうしてこんなところに!?」
「ジーン。なんだこいつ。いきなり指さすなんて失礼な嬢ちゃんだな」
「は、はぁ!? 嬢ちゃんだと! ふざけんな腰抜け!」
アイシャがシドを腰抜けと発言した瞬間、シドの眉がぴくりと動いた。
「アタシは聞いているぞ。中央チドリ区でお前は臆病風に吹かれて冒険者を引退したらしいな。同じ出身地で尊敬もしていたのに。情けねえ。地元の面汚しが!」
「おい! アイシャ! 口を慎め!」
事情を知っている僕はアイシャを嗜めようとする。
心の病というものは誰にでも起こりえるものである。
シドだって臆病風に吹かれたわけではない。それをちゃんと説明したいのだが、病歴は個人情報でもあるのでシドの許可なく僕がしゃべるわけにもいかない。
「腰抜けか……まあ、いいんじゃないか? ここにいる女冒険者は大体が腰かけって噂だし、腰抜けと腰かけで案外良いコンビになるかもなあ。ははは」
「んだと……!」
「おい! シド!」
先に煽ったのはアイシャの方だが、シドも良くない。
たしかにウチのギルドにはすぐに寿退社をする女冒険者もいないことはない。
でも、アイシャはそのつもりは全くないらしく、恋人も作ろうとしていないらしい。
本人に直接訊いたわけではなく、他の冒険者や職員が言っていた風の噂ではあるが……
「上等だ。シド! アタシとタイマン張れ!」
「ふーん。俺に決闘を申し込むのか。命知らずもいたものだな」
「やめるんだ! 二人共。僕たちは同じギルドに所属している仲間だ。職員と冒険者という立場は違えど……仲間同士争ってどうする!」
僕はギルド長として何とかこの場を収めたいと思った。
しかし、二人の闘争心に火がついてしまったので止めるのは難しいだろう。
シドが僕に近づいて耳打ちをしてくる。
「あいつがアイシャか? 血気盛んなやつだな。冒険者はこれくらい元気がなきゃ務まらねえ。いい子だ」
「シド。いい子だと思っているなら身を引いてやれ」
「いや。それはできない。実戦形式でアイシャの実力を測りたいからな」
「実力……?」
「ああ。だからわざと挑発に乗ったし、こっちも返した。本気でやってくれなかったら実力が測れないからな」
シドにはシドの思惑があるらしい。普通の職員ならば冒険者と比べて戦闘能力は低い。
しかし、シドは元冒険者だから強いはずだ。それこそ本気で戦っても平気なほどに。
「おい! なにごちゃごちゃと話しているんだよ! 男同士でイチャコラしてんじゃねえよ!」
アイシャは顔を赤らめながら僕たちに文句を言っている。
こそこそとしていたせいで怒らせてしまったのだろう。
「武器は使うか? 嬢ちゃん」
「いらねえ。アタシはこの身1つで十分」
「じゃあ、俺も……ステゴロで行こう」
もうこうなってしまっては止めることができない。
シドは思惑があって冷静だから、そこに賭けることにしよう。
本来ならギルド長として死んでも止めなきゃいけない立場なんだろうけど……
まあ、ギルドの建物内じゃなくて表でやってくれているから、そこは助かるところだ。
「俺がコインを弾く。コインが地面に落ちたら試合開始の合図だ」
「ああ、それで良い」
シドがコインを弾く。2人は宙に舞うコインを見届ける。
そのコインが地面に落ちた瞬間に2人は駆け出しお互いの距離を詰める。
先に攻撃を仕掛けたのはシドだった。シドの方が長身で手足のリーチが長い。先にアイシャの脚に向けて蹴りを放った。
「んぐっ!」
アイシャは脚を攻撃されて一瞬怯むもすぐに体勢を整えて、シドの顎めがけて蹴りを放った。
かなり高い角度の蹴り。脚の長さはもちろんのこと、柔軟な関節がなければできない芸当だ。
シドはアイシャの放った蹴りを受け止めた。彼女の脚を両手で掴んで顎へのクリーンヒットを避けた。
「なっ……アタシの脚に触んじゃねえ! 変態が!」
シドはアイシャの脚ごと彼女の身体全体を持ち上げようとする。
「うおっ……!」
そのままシドはアイシャを空中へと投げた。
アイシャは宙で回転をして、そのままスタっと猫のような軽い身のこなしで着地してシドの投げ攻撃のダメージを軽減させた。
「柔軟な関節。しなやかな筋肉。優れたバランス能力。そして軽い身のこなし。なるほど。わかってきた。お前の活かし方が」
「は? なにを言ってんだ。アタシの活かし方だと?」
アイシャが地面を蹴り、跳躍でシドと距離を詰めて顔面に向かってパンチを放とうとする。
シドはそのパンチをかわして逆にアイシャの腹にパンチを食らわした。
「んごほっ……がはっ……」
アイシャは腹を抑えてその場にうずくまった。かなりクリーンヒットしたようでなんだか呼吸が辛そうである。
「まだやるか?」
「いや、良い。お前の勝ちだ……腰抜けって言って悪かった。シド。お前は強い」
アイシャは素直に負けを認めた。
一時はどうなることかと思ったが、お互いに致命的な負傷は避けられたようである。
シドに至ってはほぼノーダメに見えるが、実際のところはどうなんだろう。
「ふう……」
シドが俺のところに戻ってまた耳打ちをする。
「あいつの蹴り。やっば。受け止めた両手がまだじんじんと響いていてえんだけど。あいつバケモンだ」
シドが手をひらひらとさせて痛みをアピールしている。
確かにシドの手のひらは赤く腫れていた。かなりの衝撃が加わったことだろう。
「くそ! 勝てなかった」
アイシャは地面を殴って悔しがっていた。
シドはアイシャに近づいて地面を殴っている彼女の手首を掴んで止めさせた。
「やめとけ。お前にパンチの才能はない」
「……は?」
「アイシャ……お前は格闘全般を鍛えているようだけど、拳に関しては無駄が多い。蹴り技に特化した方が効率よく強くなれる」
「は? いや、アタシがどうやって鍛えようとアタシの勝手だろ!」
ごもっともな意見をアイシャが言う。
「俺より強くなれるとしてもか?」
「……!」
「今のお前のスタイルのままだと強くなれない。だが、俺の言う通りに鍛えれば、お前はこのギルドを立て直せるくらいの実力者になれる。そう保証する」
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