最弱ギルドの立て直し

下垣

第1話 経営状況最悪の最弱ギルド

 自分で言うのもなんだけど僕はエリート人生を歩んできた。


 学校での成績は常にトップ。エリート中のエリートが集まる進学校でもそれは変わらなかった。


 就職先も超ド安定の公職に就くことができてまさに順風満帆な人生だった。


 なのに……どうしてこうなった。


 僕は頭を抱えていた。


 僕は不運だっただけなんだ。


 たまたま知り合って一夜を共にした美女。それが僕の上司の配偶者だった。


 幸いにして僕はそのことを知らなかった。僕は何度も相手に既婚者でないことは確認した。


 しかし、相手は偽りの情報で僕を騙して不倫に持ち込んだのだった。


 法的には僕の過失は認められなかった。だから慰謝料を支払うようなことにはならなかった。


 だが、上司がそれで納得するかは別の話だった。


 僕は上司の私怨によって僻地に飛ばされてしまった。


 上司も表立って僕を制裁することはできない。なにせ、僕のしたことは不法行為に当たらないからだ。


 そのため、僕は表向きは栄転という形で異動を余儀なくされた。

 

 僕は一応、組織の長としての任が与えられた。


 でも、そんなものは名ばかり。だって、その組織が腐っているのだから……


 北ランス自治国の冒険者ギルド。


 冒険者ギルドは言ってしまえば、冒険者に仕事を斡旋してそのマージンで稼ぐような業種である。


 世界最北端にあるギルドでここのギルドの状況がまあひどい。


 まず、冒険者ギルドの所属冒険者数から。中央値が128人に対して、うちのギルドは現在5人しか在籍していない。


 そして、ギルドの運営費も安い。とにかく安い。だから、冒険者に満足に報酬を払うこともできない。


 そのため、在籍している冒険者は全員女性である。


 北ランス自治国にも男性の冒険者はいるものの、男性は高難易度でも一獲千金を狙う傾向があるので他のギルドに所属されてしまっている。


 うちは低報酬しか払えないのであんまり高難易度の依頼も出すことができない。


 女性の冒険者の中には低報酬でも楽な仕事ならば受けてくれることはある。


 しかし、その冒険者は定着はしないだろう。大体彼女たちはすぐに寿退社をする。


 だから、人員も育たない。育ってもやめられてしまうの二重苦である。


 とは言っても今言った性差はあくまで傾向であり、全員に当てはまることではない。


 うちのギルドにもやる気のある女性はいる。


 噂をすれば彼女の足音が聞こえてきた。


「おい! ギルド長! 早く次の依頼を出してくれよ!」


 銀髪で目つきが鋭い冒険者のアイシャ。身長は平均的な成人男性よりやや高め。彼女は口は悪いがこのギルドにおいて最強の力を有している。


 だが、比較対象は4人。言い方は悪いかもしれないけど井の中の蛙というやつかもしれない。


「出しているじゃないか。野良犬捕獲の仕事を」


「あ? アタシに犬っころを捕まえる仕事をしろって言うのか!?」


「重要な仕事じゃないか。野良犬はどんな病原菌を持っているのかわからない。だから定期的に捕まえて検査をしないと。野犬は危険だから、それなりに腕が立つ冒険者じゃないと……」


「んなこたぁわかってんだよ! アタシは犬アレルギーなんだよ! んな仕事できるか!」


 アイシャが犬アレルギー。そんな情報初耳だ。情報更新しておかないとな。


 僕はメモを取り、アイシャの資料を更新した。


「野良犬捕獲ができないとなると……仕事ないね。ごめん。最近野犬が増えているから、この仕事でしばらく誤魔化そうと思っていたんだ」


「あー。そうか。悪かったな。急に騒いだりして……」


 アイシャは口悪いが聞き分けは良い。こちらの事情もある程度汲んでくれる。根はいい子なんだろうな。


「アイシャにもできる仕事がないか、僕もがんばって仕事を探してみるよ」


「ああ。ありがとう……ギルド長。お前は良い奴だな。前任のギルド長なんてやる気のかけらも感じられない定年間際のジジイだったからよ」


 僕だって本音を言えばやる気はない。


 でも、どんな事情があったとしても仕事として任された以上は手を抜くつもりもない。


 他の4人の冒険者はやる気が見られないけど、アイシャは間違いなくやる気がある。


 だから、彼女だけでもなんとかしてあげたい。


 良い仕事がないかともう少し関係各所へと掛け合ってみよう。



 結局のところ、アイシャ向けの仕事は見つからなかった。


 彼女のやる気と与えられる仕事の程度があまりにも乖離かいりしすぎている。


 アイシャはもっと高難易度でも稼げる仕事を求めている。実利とロマン。両方求めるタイプなのだ。


 しかし、北ランス自治国の冒険者ギルドの評判は最悪である。


 在籍冒険者5人。そして、その冒険者もそんなに強くない。


 そんな組織に高額高難易度の話が舞い込んでくるわけがなかった。


 僕がため息をつきながら自宅へと戻ると郵便受けに1通の手紙が届いていた。


 手紙の差出人は僕の親友のシドだった。


『おーっす。敬愛なる我が友人のジーン。元気してたか?

 まあ、俺は元気でやっている。共に中央チドリ区の学校で学んだ日々が懐かしいな。

 そういえば、お前は色々あって北ランス自治国に戻ったらしいな。

 俺がそこ出身だって前に言ったと思うけど、俺も地元に戻る用事ができた。

 今度顔見せにいく。だから首洗って待ってろ。

 君の親しい友人のシドより』


「シド……地元に戻る用事ってなんだ?」


 深く詮索しない方が良いのだろうか。


 まあ、でも友人と久しぶりに会えるのは良いな。


 僕はこの地域には来たばかりで友人と呼べる存在がいない。


 シドと会うのを楽しみにしよう。


「おーっす! ジーン!」


「うぇ!?」


 シドの声が聞こえてきた。


 少し尖ったような白髪と細身の長身。トレードマークに赤いスカーフを付けている爽やかな青年。


 間違いない。僕の家にやってきたのは久しぶりに見るかつての学友の姿だった。


 冒険者シド。中央チドリ区にてその名を知らない者はいないほどの超有名な凄腕の冒険者だ。


 シドがここに来た用事はなんだろうか。もし、シドが僕の冒険者ギルドに所属してくれるんだったら、名は売れるかもしれない。


 でも、そんなうまい話はないよな。ダメ元で頼んでみるのもありかもしれないけど、シドに迷惑をかけるかもしれない。


「シド。速いな。手紙を読んでから数秒しか経ってないぞ」


「あ、そうなん? いやー。すげえタイミングで着いたもんだな。まあ、昔から俺の行動が速いのは知ってるだろ?」


 彼は行動が速いというか……まあ、考えなしで動くから誰も初動が追い付けないんだよな。


「ジーン。お前、冒険者ギルドのギルド長になったんだってな。一応、出世おめでとうで良いのか?」


「嫌味を言いたいならそれで正解だ」


「じゃあ、おめでとうはまだ取っておくことにする。いやあ……俺の出身地が本当に申し訳ないな。地元民の俺でも抜け出すくらいひどい状況だろ?」


「ああ。そうだね」


 あまり人の地元を悪く言いたくないのだけれど、こればっかりはひどいと言わざるを得なかった。


 実際に現場を見た僕が言うのだから間違いない。


「なあ、ジーン。俺、お前に頼みがあってきたんだ」


「頼み?」


「ああ……まあ、そうだなあ。俺を冒険者ギルドの職員として雇ってくれねえか?」


 一瞬、言っている意味がわからなかった。


 僥倖ぎょうこう……と見せかけてそうでもないことに気づくのは数秒遅れてからだった。


「しょ、職員!? 冒険者としての所属じゃなくて?」


「ああ。恥ずかしい話、俺……もう冒険者やめたんだ」


「やめたって……理由は訊いても良いか?」


「うーん……まあ、親友のお前なら良いか。笑わずに聞いてくれよ。俺はその……冒険恐怖症になってしまったんだ。常に前線に立ち続けたことで、その……冒険に出ると手が震えて息苦しくて……辛いんだ」


 シドが冒険者をやめた理由を告白してくれた。


 心理的な精神的な病というやつだろうか。


 僕はそれを聞いて笑うつもりはなかった。


 シドの表情を見ていると、その症状が発症したらバカにされたことは想像するに容易い。


 冒険者は良く言えば豪快。悪く言えばガサツで配慮が欠けている人物が一定数いる。


 シドの精神的な病を臆病風に吹かれたとかでも言ってからかった奴らがいるんだろう。


 シドの表情を見ているとそれが嫌でも伝わってきた。


「そうか。まあ、お前もがんばったんだな。うんうん」


「……! ありがとう。ジーン。そう言ってくれたのはお前が初めてだ」


「え?」


「俺が辛いって言ってもがんばれって声は聞こえてきた。でも、俺ががんばったと認めてくれたのはお前だけなんだ」

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