第5話 無
家への帰り道。
父と母のこと、そして――自分が生まれつき目が見えないこと。
それらを静かに語り合いながら歩いていた、その時だった。
家の周辺に差しかかった瞬間、志煌だけが異変を感じ取る。
(……おかしい)
言葉にするより早く、鼻腔を刺す焦げた匂い。
乾いた砂煙が、風に乗って肌を撫でた。
(この匂い……この空気……)
志煌は、反射的に駆け出していた。
「おっ!? 志煌くん、急にどうし――」
背後で叶人の声が飛ぶ。
だが志煌は止まらない。胸の奥で、嫌な予感が膨れ上がっていた。
「おい……おいおいおい……」
先に角を曲がった叶人が、言葉を失ったように呟く。
「志煌くん!危ない! こっちに来て!」
栞菜の叫びが、その場に響き渡った。
(嘘だ……嘘だ嘘だ……)
志煌の足が、ぴたりと止まる。
(……お母さん)
志煌の“前”――
正確には、そこにあるはずの家があった場所は、完全な更地になっていた。
曲がり角一つ隔てただけの先。
そこから先は、数百メートルに渡って何もない。
建物の痕跡すら残らず、まるで――
「……核爆弾でも落ちたみたいだな」
その土地は、死んでいた。
三人とも、言葉を失う。
「志煌くん……本当に、ここに住んどったんか?」
「副隊長……これ……」
「はは……俺の戦いなんて、比じゃねぇな……」
叶人が乾いた笑いを漏らすが、表情は完全に引きつっていた。
「リーダー……さすがにこれはヤバいです。
一旦、引きましょう……」
「……ああ」
叶人は短く頷き、すぐに指示を出す。
「栞菜、幹二。撤退する。志煌くんを――」
(お母さん……お母さん……)
その声は、志煌の耳には届かなかった。
(嫌だ……僕を……一人にしないで……)
志煌は、その場に崩れ落ちる。
幹二と栞菜が声をかけるが、志煌は動かない。
――その時。
志煌には“見えるはずのない光”が、確かに見えた。
《母親は死んだ、誰だ見ても跡形もない。これが、現実だ。》
《母親の仇を取りたいか?》
「……死んでない!!!!」
《心底、哀れだな》
《父親は失踪し、母親は謎の死を遂げ》
志煌は、叫んでいた。
自分でも気づかないまま、身体の奥から何かが溢れ出している。
「叶人副隊長……!」
「ああ……分かってる」
叶人の表情が引き締まる。
「この子……俺と同じ“加護持ち”だ。
それも、この歳でここまで濃いオーラ……珍しい」
「でもリーダー!
早く離れないと……嫌な予感がします!」
《母親の仇を取りたいか!》
《無力な自分を変えたいか?》
《それとも父親を探し、代わりに復讐してもらうか?》
《あんな愚かな存在を信じるか?》
「お父さんと……お母さんの悪口を言うな!!!」
「志煌くん!? 誰と話してるんですか!!」
「……恐らく、何らかの神だ」
叶人は低く言った。
「神の接触には諸説ある。
肉体の限界、精神の限界、そして――
そのどちらかが壊れた時」
「志煌くんは……最後のケースだろう」
「今、私たちが接触れたら……?」
「精神が壊れていれば、戻らない可能性もある。
だが今――この子は、自分自身と戦っている!だから俺達はただ待つしかない。」
《泣いても喚いても、現実は変わらん》
《妖怪に蹂躙されるこの世界》
《軟弱な人間しかいないからだ》
「姿を見せろ……!
僕の家族を侮辱したこと、後悔させてやる!!」
眩い光に包まれながら、
志煌は歯を食いしばる。口元から血が滴った。
《家族も守れなかった貴様に?》
《母親が死んだのは――お前に力がなかったからだ》
《力が欲しいか?》
《この世界に抗うえる力が》
(くっ、お母さん……ごめんなさい)
(僕は……無力だったよ)
(……せめて……お母さんの仇だけは何としても討つよどんな手段を使っても……だから!)
「力が欲しい……!
お母さんの仇を取れる力が!!」
《ハッハッハ!!
代価は、すでに貰っている》
《我が名は――
天盲時主神(あまめしのときぬし)》
《時間を司る神》
《天野志煌――契約成立だ》
「その前に……まずは、謝ってください」
《……え?》
「悪口ばっかり言われたので謝ってください。」
《……すまん》
「……」
「オーラが……志煌くんの中に戻っていく……!」
「どうやら……一段落だな」
「志煌くん……大丈夫かい?」
声が、ようやく耳に届いた。
気づけば、涙が止まらなかった。
――まだ、十四歳なのだ。
「おいおい……俺がいるだろ」
「そうですよ!
私達がついてますよ!」
「俺もいるぞ!志煌くん!!」
「まっ……とにかく」
「ありがとうございます!」
叶人は深く息を吐いた。
「一旦、本部に戻るぞ」
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