第2話 建御名方神(タケミナカタ)
「本当は加護なんて使いたくなかった。……けど、このボロボロじゃ、もう頼るしかねぇか。」
叶人は荒く息を吐き、ゆっくりと天を仰いだ。
その眼差しは静かで、しかし決意の熱が宿っている。
「――この少年を守る。ここに、我が誓いを記す。加護開放!」
言葉と同時に、空気が震えた。
叶人が掌を叩いた瞬間、凄まじい風が叶人の身体を包み、渦を巻いて立ち上る。
破紅(はぐれ)と穿鬼(せんき)はその気配に眉をひそめ、狂気を滲ませて嗤った。
「クハハハッ! まだやる気なのかよォ、人間!」
「虫唾が走る気配だ……。あの御方が言っていた“妙な人間”ってのは、どうやらテメェらしいな。――まぁ、確かめてやるよ。」
破紅(はぐれ)と穿鬼(せんき)が地を砕くほどの踏み込みで同時に飛び出す。
瞬く間に叶人の両側に影が落ちた。
だが――叶人は目を閉じたまま、微動だにしない。
「二人技ッ!!
先ほど叶人の刀を折った必殺の一撃が、轟音とともに迫る。
次の瞬間。
叶人の瞼が開かれ、神気の風が両腕・両脚に巻きつき、暴風の渦となって全身を覆った。
「――まずは一体。」
風をまとった叶人の輪郭が一瞬ぶれ、青鬼穿鬼(せんき)の視界から消える。
「……ッ!?」
懐に潜り込まれたことを理解する前に、叶人の両手が穿鬼の腹部を打ち抜いた。
渦を巻く風の回転が穿鬼(せんき)の内側から身体をえぐり、捻りながら吹き飛ばす。
技が完遂するまで、わずか 0.6秒 だった。
破紅(はぐれ)が目を見開く。
さっきまで隣にいた相棒が、地面の向こうで転がっている。
「な……何が起きたァ!? 人間、貴様、一体何をしたァッ!!」
「見えなかったんだろ? 俺の攻撃が。……相方はもう、立てねぇよ。」
叶人は風を従えるように立ち、僅かに笑った。
「さぁ、やっと一対一だな。」
「クク……クハハッ! 笑わせんなッ! 人間ごときがこの破紅(はぐれ)様に勝てる訳ねェだろうがァッ!!!」
破紅(らぐれ)の怒号とともに、大地が揺れた。
次の瞬間、破紅(はぐれ)は上空へ跳び上がり、空が唸りを上げて荒れ出した。
上昇気流が渦巻き、雷鳴の気配さえまとい、青天の霹靂の如く天候が変質する。
「人間……死んで後悔しろォッ!!」
「最大火力――!」
凄烈な赤の奔流が、破紅(はぐれ)の全身から噴き出した。
叶人は一歩も退かず、荒れ狂う風を呼び寄せる。
「心地いい風だ……。お前が生み出した風、全部もらうぜ。」
視界が白く染まるほどの風が集まり、叶人の周囲でうねる。
「――全ての風よ、俺の身に宿れッ!」
「お前が最大火力なら、俺も全開だァ!」
「はあああああッ!!」
瞬間、二つの“最大火力”が激突した。
地面は抉れ、木々は根こそぎ倒れ、砂煙が積乱雲のように空へ舞い上がる。
――轟音が止んだ頃。
破紅(はぐれ)は膝をつき、震える手で地を掴んでいた。
「ケホッ……ケホッ……な……なぜだ……。この俺様が……ちっぽけな人間に……!」
叶人は息を整えながら、破紅(はぐれ)を見下ろす。
「ひとつ教えてやるよ。――人間を見た目で判断すんな。その傲慢さ、そいつがテメェの敗因だ。」
「兄者に……兄者に知られたら……殺される……許されない……許されない許されない許されない許されない――ッ!!!」
破紅(はぐれ)は血を吐きながら地を這い、どこかへ逃れようとする。
一方、叶人も加護を限界まで酷使し、既に――
「まさか……ここまで追い込まれるとは思わなかった。
……本部に、隊長に連絡しないと。」
砂煙の中で、何かがうごめいた。
小さな揺らぎが、次の瞬間には“影”として形を成し、みるみる巨大化していく。
「なんだ……あの鬼、まだ……生きて……」
「あァァァァァァ!!!」
砂煙が嵐のように巻き上がり、その奥から耳を裂く咆哮が響き渡った。
空気が震え、地面が鳴動する。
――まだ力が残っていたのか。
そんなレベルじゃない。むしろ“ここから”が本番のような気配すらあった。
一振り。
ただそれだけで視界を覆っていた砂煙が弾け飛ぶ。
そして姿を現した“それ”を見た瞬間、息が詰まった。
「……嘘、だろ」
先程まで戦っていた鬼とは、明らかに“別物”だった。
肌は深い黒紅色へと変質し、
頭の角は二本だったものが――短いながらも“一本増えていた”。
増角種。
鬼の中でも限られた個体だけが起こす、危険極まりない変異。
「力が……湧き上がってくるなァ。
この力なら――兄者にも、負ける気がしねぇ……!」
破紅(はぐれ)の声は、さっきとは違った。
より低く、より濁り、より“鬼”そのものになっていた。
最悪の展開――。
もう、手足に力が入らない。
加護の使い過ぎで、視界が霞む。
立っているのがやっとだった。
(建御名方神(タケミナカタ)様……俺はどうなってもいい。
だから――目の前の“少年”だけは……守らせてくれ。
もう、あんな悲劇は……二度と、繰り返したくない。)
――6年前。災厄の年。
奴らがこの国に現れた日、それまでの平穏は跡形もなく崩れ落ちた。
何者でもなかった蓼原叶人(たてはらかなと)は、ただその光景を“見ていることしか出来なかった”。
「一緒に逃げよ!! 父さん!! 母さん!!」
「叶人っ……逃げ、て……」「か……母さん……!」
「あ……あっ……あぁあああああ!!!」
「叶人!! しっかりしろ!!
お前は生きろ! 生きて……雫を守れ!!」
「雫を連れて行け!!
振り向くな!! 真っ直ぐ――走れ!!」
その瞬間の記憶は、今でも鮮明だ。
母は、迫り来る妖怪から俺を庇い、胸を抉られた。
父は、母を殺した妖怪を押さえつけようと木の棒を握りしめたが――
化け物相手に、それが何秒保つはずもない。
けれど、その数秒で“十分”だった。
俺の足が動くには。
(ごめん……ごめんなさい……父さん……母さん……
俺は……無力だ。
ただ逃げることしかできない……臆病者だ……!)
死に物狂いで雫を抱え、走った。
しかし――
この時の俺はまだ知らなかった。
この先“もっと最悪の事”が起きるなんて。
「雫! 雫!! 起きろ! 大丈夫か!!」
幼い雫は、惨状を見て気絶していた。
当たり前だ。まだ六歳の子供なのだから。
街は火の海と化し、人々の悲鳴が響き、
世界は恐慌そのものだった。
まるで終末の一場面――地獄絵図。
その時だった。
突如、背筋を凍らせる悪寒が走る。
振り返ると――
“気配だけが消えていた”。
しかし違和感だけが、強く残り――
次の瞬間。
視界が黒く染まり、意識が落ちた。
目覚めた時には、今の隊長に拾われていた。
……だが雫の姿はなかった。
その日、俺は家族全員を失った。
「だから……目の前の……この少年だけは……
何としても守らなきゃ……いけねぇんだよ!!」
《――お主を選んで良かった。
良いだろう。少し身体に無茶をさせるが……
第ニ段階開放【だいにだんかいかいほう】、許可する》
耳の奥に響くのは、神の声。
ミナトの体を、再び“風”が包み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます