第1話 異形の二体


今日の地上見回りも、見事に押し付けられた。


 そう、ぼやきながらも、蓼原叶人(たてはらかなと)は一歩一歩、荒れ果てた街を踏みしめていく。


 瓦礫と化したビルの影に、風に吹かれ紙くずが転がる。錆びついた看板が、キィ……キィ……と不気味な音を立てて揺れていた。


 かつては、人々の笑い声と子どものはしゃぐ声が溢れていた場所。今は、誰の声も届かない。命の匂いが、ここにはもう残っていない。


「ったくよ……誰がリーダーだって? 便利屋の間違いだろ……」


 肩をすくめるが、その足は止まらない。


 仲間たちからの軽い“押し付け”にも、いちいち怒ったりはしない。むしろ、あいつらが地上に出ずに済んでるなら、それでいい。


(無事でいれば、それでいい。俺は……それだけでいいんだ)


 小さく息を吐いたとき、突如として、空気が変わった。


 ズゥ……と地を這うような音を伴って、突風が吹き抜けた。


 叶人の上着が風に煽られ、顔をしかめる。


「……っ、何だ今の気配……」


 風が過ぎ去っても、肌に刺さるような冷気が残っていた。身体の芯が、嫌なものを感じ取っている。戦士としての本能が、警鐘を鳴らしていた。


 視線を風の向かった先に向ける。


 その先には、古びた鳥居と、木々に囲まれた神社があった。


「……あそこか。嫌な予感しかしねぇ」


 言葉とは裏腹に、足は早まる。叶人は腰の刀に手をかけながら、一気に境内へと足を踏み入れた。


 鳥居をくぐった瞬間、空気が変わる。外界とは違う、澱んだような静けさ。だが、不思議と清らかさも混じっている。


(結界か……それとも、まだ神が残ってるのか?)


 視線を巡らせたとき、彼の目に飛び込んできたのは──


 本殿の前で、うつ伏せに倒れる少年の姿だった。


「……っ、おい!」


 警戒を解かぬまま、叶人は駆け寄る。少年の肩を軽く揺すり、首元に手を当てる。


 脈は、ある。まだ生きている。


「よかった……けど、なんでこんなとこに……」


 その瞬間だった。


 ズンッ──!!


 まるで隕石が落ちたかのような衝撃。大地が軋み、鳥居のあたりから土煙が舞い上がる。


「なっ……!」


 叶人は反射的に少年を抱きかかえ、その身で庇った。


 視線の先、鳥居の向こう。何かが、確実に──“来ていた”。


砂煙が渦を巻き、視界を濁す。

叶人はその中に浮かぶ“気配”に、目を細めた。


 ──ガッ、ガァァンッ!


 地面に金棒が叩きつけられる音。

 風が吹き払われるように、2つの異形の姿が現れた。


 1体は、血のように赤い肌に2本の角。

 もう1体は、蒼ざめた肌に1本の角。


 鬼。

 この地に現れたのは、上位にあたる“破紅(はぐれ)”と中位の“穿鬼(せんき)”だった。


「ほんとに……こんなところに人間がいるなんてなァ〜」

 青鬼──穿鬼(せんき)が鼻を鳴らし、涎を垂らしながら笑う。


「あぁ……何日ぶりだぁ? このいい香りはよォ!」

 赤鬼──破紅(はぐれ)が肩を震わせて嗤う。


 ミナトは、ふぅと深く息を吐きながらも少しだけ眉をしかめた。


「はぁ……また、面倒なことになったな……」


 気配だけで分かる。

 中位どころか、上位に近い力を持つ異形たちだ。

 しかも2体同時──最悪の展開だ。


「おい。人間!お前には選択肢をくれてやる」

 穿鬼(せんき)が口を開く。「1つ。仲間や他の人間の居場所を吐いて、楽に死ぬか──」

「2つ。なぶり殺されて、生きたまま喰われるか。さあ、選べ」

「……」

「俺はなァ……!」

 破紅(はぐれ)が口角を吊り上げ、金棒を肩に担ぎ直す。「待つのが嫌いなんだよォォォ!!」

 声と共に、殺気が地面を軋ませる。

 叶人は一歩、鬼から離れながら刀を握った。

 その目は、常に2体の鬼の距離を測り続けている。


(まずいな……一気に殺気が跳ね上がった)


「行くぞ、兄弟」

 穿鬼(せんき)が囁くと同時に、その姿が残像と化す。


「──ッ!」


 目の前に影が現れる。

 次の瞬間、真上から金棒が振り下ろされる。


 叶人は即座に少年を抱え、斜め後方へ跳躍。

 金棒が地面を砕き、破片が爆ぜるように飛び散った。


「ほう、速いじゃねぇか……」

 穿鬼(せんき)が軽く笑う。


 その笑みと同時に、頭上から風が裂ける。


「ッ!」


 破紅(はぐれ)は頭の後ろに構えた金棒は瞬刻にして叶人を襲う。

 叶人は反射的に身体をひねり、少年を庇いながら片足で金棒を受け流す。


 だが、受け流しきれず、身体が吹き飛ぶ。


「ぐっ……!」


 背中が地面に叩きつけられる。

 苦痛が走るも、叶人は即座に立ち上がり、少年を本殿に横たえる。


「悪ぃな、これ以上、負担をかけさせる訳には……」


  刀を構える。

 鬼2体が並んで立つ様子は、まるで地獄から現れた番人のようだった。


「おい、兄弟。ちょっと様子見てくっからよォ」

 破紅(はぐれ)が唸りながら一歩前へ出る。


「構わん。どうせすぐ壊れる」

 穿鬼(せんき)が肩をすくめる。


 破紅(はぐれ)が吼えるように笑い、金棒を振りかぶる。


「喰らい尽くすぜぇ……“鬼の剛力”!」


 全体重を乗せた金棒の一撃が、斜め下から飛び込んでくる。

 叶人は正面から受けず、地面を蹴って左に跳ぶ。

 だが、避けきれない衝撃が右肩をかすめ、激痛が走る。


「がっ……つぅ……!」


 続けて破紅が金棒を振り下ろす。

 叶人は柄で受け止め、体をひねって衝撃を流すが、刀身が軋む音が響く。


「お前……意外とタフじゃねぇか」


「……そっちが硬すぎんだよ、バケモンが……!」


 息を切らせながらも、叶人は刀を翻し、破紅の腹を狙って踏み込む。

 だが、その皮膚は鉄よりも硬く、刀がわずかに食い込む程度。


「効かねぇんだよ、そんなのォヨォ!!」

 破紅(はぐれ)がカウンター気味に金棒を振るう。

 叶人は腹を打たれ、地面を転がるように飛ばされた。


 膝をつく叶人の前に、今度は穿鬼(せんき)が静かに現れる。


「そろそろお遊びは終わりだ」


 両鬼が同時に距離を詰める。

 叶人は呼吸を整え、腰を落とす。


(くっ!……せめて、一撃だけでも……)


 タイミングを見計らい、右の穿鬼(せんき)に向かって踏み込む──!


 ──その瞬間。


「──ッ!」


 破紅(はぐれ)が真上から金棒を振り下ろし、穿鬼(せんき)が横薙ぎに合わせる。

 「2人技!!」滅炎崩打 めつえんほうだ

 両方の軌道が、交差する瞬間──


 叶人は刀を交差させて受けた。


 だが──


 ギィンッ!!


 鈍い金属音と共に、刃が折れる音が響いた。


 叶人の刀が、根元から真っ二つに折れ、宙に舞う。


「……っあ……」


 身体を打ちつけられ、呼吸もままならない。

 それでも彼の目は、少年の方を見失わなかった。


(……俺が、倒れたら……あの少年が……)


 その時だった。


《まだだ。まだ、主は戦える》


 声がした。

 内側から湧き上がるように、確かに響いた。


《前を向き、耳を澄ませ、守るべきものを見よ》


 温かく、力強い、どこか懐かしい声。


《案ずるな。主には……この私がついておる》


 神──タケミナカタ。


 名を呼ばずとも分かる声。

 その響きに、叶人の膝が、再び地を踏みしめた。

 

 

 

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