目なき神子は闇を裂く

篠宮すずや

プロローグ

鬼が咆哮した。

 九つの尾を揺らす狐が夜空を駆け、天狗が風を割って山を裂いた。


 ──昔話の中だけにいるはずの存在が、現実になった。


 三大妖怪。

 鬼、狐、天狗。

 そいつらが現れてから、僕たちはすべてを失った。


 地上は奪われ、文明は朽ち、人々は地下に潜ることを余儀なくされた。

 希望も、信仰も、とうに焼かれた。


 僕の名前は天野志煌(あまのしろう)。十四歳。

 生まれたときから目が見えない。

 でも、代わりに“音”が、僕に世界を教えてくれる。


 風の流れ、足音の反響、空気の震え。

 耳を澄ませば、僕には“音の地図”が見える。

 光がなくても、音の輪郭だけで、僕は生きてきた。


「ねえ、お母さん。あの三大妖怪って……今どこにいるの?」


 僕は食卓に座ったまま、母さんに問いかけた。

 母さんは台所からこちらを振り返り、少しだけ微笑む。


「さあね……でも、あいつらが現れてから、私たちはすべてを失ったのよ」


 声は穏やかだったけれど、どこか遠くを見ているようだった。


「だからね、志煌。私たちは“目にとまらないように”生きていくの。大人しく、静かに──平和にね」


「お母さんは、怖くないの?」


 僕は顔を少し上げて、母さんの気配を追った。

 母さんはふっと息を吐いて、くすりと笑った。


「妖怪なんかより、あなたのおばあちゃんのほうがよっぽど怖かったわ。……本気で怒らせたら、鬼でも逃げるくらいよ」


 思わず笑ってしまった。

 そういう、他愛ない会話が、僕は好きだった。


「でもね」


 母さんは僕のそばまで来て、肩に手を置いた。

 その手の温かさが、すこしだけ震えていた。


(“この子だけは守る”って、あの日、心に誓ったの)


「お母さん。……僕、大きくなったら、お母さんを守るよ!」


「ふふ、頼もしいわ」


「志煌、今日は一人で神社に行ってこれる?」


「えっ? 一緒に行かないの?」


「今日はお母さん、大事な仕事があるの。……だから1人で、行ってきて来れる?」


「うん。大丈夫だよ。覚えてるから」


「気をつけてね。志煌……」


 母さんの手の温もりが、最後まで僕の指先に残っていた。


 地図が燃え、国が壊れても、僕たち人類は信じていた。

 神社には神様がいて、いつもどこかで見守ってくれているって。


 ……でも、僕はまだ知らなかった。


 その日、“神様の目”が僕に向けられていたことを。


 ──風が、突然、強く吹いた。


 神社の鳥居をくぐった瞬間、背中に衝撃が走る。

 強い“気”のようなものが、僕の体を貫いた。


「誰か……いるの?」


 声を出したが、返事はなかった。

 けれど確かに、気配がした。僕にしかわからない、何かの視線が──。


「……っ、うぅ……」


 膝が抜け、意識が遠のく。

 倒れる寸前、頭の中に響いた声があった。


──見つけた。


 その瞬間から、僕の運命は狂い出した。

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