そもそものはじまり

 授業を聞き流しながら、ぼんやりと初夏の青空を眺めていた。

 英語だったと思う。夏休みには、なんのバイトを? そんなことを考えていたはずだ。なのに――


 いきなり窓の外は、観たこともないような満天の星空へ変わり、煌々と三つの月が輝いていた!


 机からシャープペンが転がり落ちる。……いつの間に床が傾いて?

「窓の外をみろ! へ、変な……変な奴らが校庭に!」

「……あれは校庭……なのか?」

 クラスメートの声で視線を戻せば、窓の外には校門はもちろん、その先へ広がっているはずな住宅街も無くなっている。

 荒野だ。ただ荒野に、俺達の校舎は建っていた。

 そして校舎へ行進してくる軍勢! それも鎧甲冑に身を固め、幾つも旗指物を押し立てた時代錯誤な集団が!

「我らは――#△国がmuオ×王に仕える正規軍である! そな◇Rの代表と交渉をSたい!」

 窓際以外のクラスメート達も、異変に気づいて騒ぎ始めた。

「交渉って……なにを?」

「こ、これってッ! ど、ドッキリとか……だよな?」

「……そんな訳ない。聞いたこともない言葉がいきなり分かるなんて、おかしすぎるだろ!」

「あれ分かったのか? そもそも日本に王国あるとか、聞いたことねえし!」

 なによりも血か何かで描かれた、校舎全体を囲う赤い魔方陣と……その周辺で倒れ伏したまま、ピクリとも動かない何人ものローブ姿。

 それらが現実であること、さらには冗談ごとでもないことを強く物語っていた。



 『魔王討伐』、『異世界の英雄』、『クラス技能スキルの獲得』、『精霊神の解放』――

 正気を疑いたくなるフレーズまみれな説明の後、否応なしに、このダンジョンがある街とやらに連れてこられた。

 これからダンジョンとかいう地下迷宮へと潜り、モンスターとか呼び習わされてる生き物を倒し、それを切っ掛けにクラスとかいう異能を覚醒させるのだという。


 ダンジョンとやらの入り口で、いつものように隣の翼へぼやいた。

「どうする?」

「……いまは逆らわない方が――というより、逆らいようがないと思う」

 目配せで示された方を見てみれば、さりげなく王国の奴らが武装包囲していた。これだと走って逃げたりは無理か。……それに逃げれたところで、どこへ?

「とりあえず大人しく様子を見るしかないな」

 そう頷き返したところで――

「悪い、ちょっといいか? 俺はB組の吉田 陽平。いきなりだけど俺も混ぜてくれないか? おそらく少人数だと……ヤバい」

 と声をかけてくる者がいた。

 中肉中背で、愛嬌のある感じ。確かに隣のクラスで見かけた覚えもある。

 平時なら、こんな陽の者とは関わりにならない主義だが……翼の肯きを確認しつつ、軽く手招きしてやった。

「全く同意見だ。俺は山本 直人。こっちはツレの鈴々木 翼。見ての通り、体育での固定二人組ペアだ」

「また分かり難いボケを。そんなことより! 三人でも、まだ足りないと思う。あと何人か――」

「殊勝な心掛けといいたいところだが、今日のところは三人で良かろう。……ルーキーの引率は骨だし、大人数ならば安全とも言い難いからの」

 誰の声かと振り返ってみれば、中年の現地人だった。後ろに一人、青年を付き従えてもいる。

「儂はアッシュ。こやつは弟子のレオンじゃ。本日は王の命により、お前らの案内役を仰せつかった」

 ……チューター役といったところか?

 しかし、後ろ暗そうな様子を隠しきれておらず、俺らとしても複雑な気分だ。拉致監禁の片棒を担ぐのなら、堂々としていれば良いものを。

「よろしくね、アッシュ先生」

 皮肉を隠そうともしない翼の歓迎を契機に、俺達は五人の臨時パーティでダンジョンへと挑むこととなった。



 最初の餌食は、生涯忘れられず、一生に渡っての悪夢となるそうだが――

 まったく、そんなことはなかった。むしろ、こんなものかと拍子抜けしてしまったぐらいだ。

 これは相手が弱すぎたというのもあるし……生き物を殺めてしまった実感が沸く前に、死体が迷宮の床へ溶けてしまったのも大きい。


 そして強面な外見を裏切るかのように、アッシュは慎重だった。

 つまり、俺達全員にモンスターを殺させたら――無事にクラスを獲得させたら、すぐに帰還の決断をした。

 あるいは依頼された仕事だけを遂行する、プロフェッショナルだったとか?

 どちらにせよ、おそらく俺達は運がいい。……気の毒な奴らとは違って、死なずに連れ帰ってもらえたのだから。

「それではナオトが『レンジャー』、ツバサが『呪い師』、ヨウヘイが『戦士』で間違いないな?」

「ああ、それであってる」

「だね」

「間違いないぜ」

 ……なぜアッシュは、安心したかのように緊張を解いたのだろう?

「ならば、お主らは選抜漏れだ」

 アッシュとは対照的に、弟子のレオンは慰めてきた。

「王は魔王討伐に『勇者』や『賢者』、『聖女』、『聖騎士』などの、稀なクラス保持者だけを伴われるとの仰せで」

 ……それでか。学校の有名人達が、この世の終わりのような顔をしていたのは。

 まあ道理ではある。

 おそらくエリート的なクラスと、それ以外では、かなりの力量差があるのだろう。

 なら限りあるリソースは、選抜組へ注力するべきだった。

 そして俺達のような落選組は、魔王討伐隊へ推挙されずに済み……アッシュ先生も、これ以上は良心の呵責に苦しまなくていい。そんなところか。


 あとは誰かが魔王を倒し、日本へ帰る段取りを整えてくれるのを待つだけ。

 それが安全だったし、仕方もなかった。……俺達には、なにかが足りなかったのだから。

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