第2話ー婚約破棄


(······ふむ。両方が馬鹿な訳ではないようね)


タレイアの祖母は隣国リディア帝国の公爵令嬢だった。更に祖母の母である公爵夫人は元皇女である。つまりタレイアの黒髪を馬鹿にするということは、リディア帝国の皇室を侮辱するということ。


(もう少し追及しても良かったのだけれど。残念だわ)


この事はアスラン殿下は知っているはずなのだが、そこまで考えが及ばないらしい。



「オルトラン嬢、アカデミーではとても寛大なのですね」

「テイラー卿」

タレイアに声をかけたのは、王太子の近衛騎士であるアレックス・テイラーだ。王宮でも王太子の側に控えていて、タレイアとも顔見知りだ。


「今日も王太子殿下の護衛ですか?先ほど廊下でお会いしましたが」

「はい。そんなところです」


歯切れの悪い返事をしたテイラー卿は、視線だけ左右に動かした。

「しかし、王城での貴方の評価と、アカデミーでの周囲の評価にこんなに差があると思いませんでした」

そう言うと、周りで囁く令息と令嬢たちを冷たい視線で見る。



扇で口元を隠し、こちらをチラチラと見ながら会話する令嬢たち。それに付き従い、冷ややかな視線で見る令息。

タレイアはそれらの視線を更に冷たく見返した。

「仕方ありません。ここはアスラン殿下が在学中は彼のお城ですから」


テイラー卿は背筋が冷えるのを感じながら口を開く。

「オルトラン嬢、目が怖いです」


タレイアはハッとして表情を引き締めた。

「あら失礼を」

「いえ。何というか、アスラン殿下も王子としての自覚を持っていただきたいですね。おや、噂をすれば」


テイラー卿の視線の先に、アスランを見つけた。テイラー卿は一礼すると下がっていった。去り際に「お側には控えております」と言ってくれた。


「ここにいたのか。見つけたくはないが、やはりそのカラスのような髪は目立つな」



いつもの物言いを受け流し、タレイアはカーテシーをとった。

「アスラン第二王子殿下にご挨拶致します」


顔を上げると、婚約者の隣に別の令嬢がいる。ふわふわと流れる薄桃色の髪に、空色の瞳。タレイアは頭が痛くなった。

(まぁ。アカデミーに身分の差がないなどと、彼まで思っているとは思わなかったわ。ここまで頭が弱いなんて)


アスランが連れているのは、2年前に転入して話題になった商会の令嬢、つまり平民だ。百歩譲って他の貴族令嬢を連れているならまだしも、平民の女性では王子妃にもなれない。


「殿下、そちらの女生徒は?」

聞きたくもないが、聞かない訳にもいかない。タレイアの問いに、アスランは口をにんまりと歪めた。


「タレイア。そなたとの婚約はこの度破棄しようと思う」


タレイアの質問に答えず、アスランはよく通る声で言った。


(――ああ。この莫迦は私の手に負えないわ)


タレイアは貼り付けた表情を変えないよう努力しながら口を開いた。

「殿下、ここは隣国の諸侯たちも来られております。発言には責任が伴うのですよ?」


アスランは顔を歪める。

「その物言い!もうウンザリだ。そもそもそなたが私の恋人を虐げなければ、私も破棄などとは考えなかった」


「虐げ?――どういうことでしょう?」

「とぼけるな。私の恋人ミリアにした非道の数々、許すことは出来ない」


(その令嬢はミリアと言うのね)


アスランの腕にしがみ付くミリア嬢に視線を映す。目が合うとミリア嬢は震えて小さな声で「キャッ」と叫び、更にアスランにしがみ付いた。身体を押し当てられ、アスランの顔がだらしなく歪む。


呆れた顔でアスランを見ると、アスランは慌てて顔を引き締めて言った。

「ミリア嬢にそなたが行った悪行を、ここで明らかにしても良いんだぞ?」

「どうぞ」

間髪入れずに返事をする。アスランは想像していなかったようで、たじろいでいる。

(この展開、既視感があるわね。どこでだったかしら)


「半年程の前から嫌がらせをしていたそうじゃないか」

「具体的にはどのような?」


「毎日のように私物を隠したり、破損させたり」

「私はこの1年、週に一度くらいしか来ておりません。毎日でしたら不可能です」


「授業中に陰口を言ったり、食堂で彼女の食事に異物を混入させたり」

「彼女と同じ授業はありません。そして私は食堂は利用しませんわ」


「3日前には階段から突き落とそうとしたらしいな!」

「3日前でしたら私は1日中王城にいましたが?」


「······」

「以上ですか?」


(思い出したわ。これは悪役令嬢がヒロインを虐げ、王子が助ける劇のストーリーじゃないの)


先月、投資先の劇場へ視察に行った時に見たストーリーと類似している。


(――なさけない)

一国の王子が、16歳の少女に謀られるなんて。


思わずアスランを見る視線が冷ややかになる。アスランの言い分を全て論破したものの、納得した様には見えず、アスランの表情は怒りに震えている。


「ではお前が他の令嬢たちに指示して行ったのだろう!」

(貴方のおかげで私に従う生徒などいないけれど)


これはこの場で言うには躊躇した。この場には公務で関わりのある大人もいる。彼らには軽んじられる訳にはいかない。










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