第3話ー元婚約者の愚行

「·······ふぅ」

アスランとの婚約は、アスランの母である亡き王妃たっての希望だった。アスランの性格により、諍いが起きぬよう、タレイアに導いてほしいと。

(お世話になった王妃陛下の遺言に沿いたかったのだけど)


「殿下、そのような証拠のない証言と憶測だけで婚約の破棄を提案されたのですか?」


アスランは顔を赤くして声を荒げた。

「提案ではない!婚約破棄は決定事項だ!ミリアが嘘をつくはずがない!お前が認めて謝れば処置を軽くしてやろうと思っていたのに」


「私をあまり馬鹿にするなよ!おい!」


アスランが合図すると、数人の生徒がタレイアを取り囲む様に前に出てきた。体格の良さを見ると、騎士科の生徒だろう。彼らの表情を見ると、ふんぞり返って出てきた者もいれば、戸惑いながら出てきた者もいる。


「ふん。自ら謝る方が良いと思うぞ。どうする?無理やり跪かせてもいい」


もはやため息も出ない。ミリア嬢を見ると、青ざめた顔でこちらを見ている。事が大きくなりすぎて萎縮しているようだ。

本当に婚約破棄をさせて婚約者の座を奪うつもりだったのか、軽い嫌がらせのつもりだったのか。表情からして後者かもしれない。


(ここまで騒ぎが大きくなっては、彼女も人生を棒に振ってしまったようなものね)


「殿下、婚約破棄は受け入れましょう。ですがこの件で私が謝罪することはありません。事実無根ですから。私が謝罪する事があるとすれば、亡き王妃様にです。貴方を導く事が出来ませんでしたから」


「なんだと?図々しい!おい!こいつを跪かせろ!」


アスランが言うと、取り囲んでいた騎士科の生徒たちがじりじりと近付いて来る。タレイアはアスランを見据えたまま、右手を上げた。


「なんだ?今さら謝ろうとでも?」

アスランはタレイアを見て顔を歪めた。


「うぅっ!」

「うわっ」


「なに?」

アスランが生徒たちの叫び声に目を向けると、タレイアを取り囲んでいた生徒たちが取り押さえられていた。


「な?なんだお前たち!?そいつらじゃなく、タレイアを押さえろ!」

生徒を取り押さえたのは、会場の警備をしていた騎士達だ。生徒ではなく、本職の。


「殿下、彼らは貴方の言うことを第一としません。ここは公の場。諸外国の方もいるのですから。騎士たちの統率は私に一任されております」


そして騎士科の生徒たちを取り押さえた中には、生徒の親もいた。親側としてはすぐにでも取り押さえたかったのだろうが、タレイアの許可なくして動く訳には行かなかったのだ。


「政務から離れている殿下は覚えていらっしゃらないのでしょうが、陛下と宰相閣下が隣国へ行かれている今は私が宰相代理を務めておりますので」


とはいえ、身分はアスランが上だ。タレイアにはアスランを拘束することは出来ない。



「――話がついたようだな?」


凛と通るその声に、アスランの表情が明るくなった。


「兄上!」

「久しいな。アスラン」


タレイアが振り向くと、弟の表情と対を成すように冷たく光る金色の瞳があった。


「兄上!タレイアを拘束してください!いくら婚約者と言えど、第二王子である私を侮辱するのです」


「もう婚約者ではないのだろう?」


グレイグの返事は冷ややかだった。同じ王族であり、兄なのだから味方だとでも思ったのだろうか。


髪と瞳の色は同じだが、グレイグとアスランは腹違いの兄弟だ。顔つきはそれぞれの母に似ており、美姫として称えられた側室を母に持つグレイグの美貌は、アスランとは比べものにならない。普段見ることのない美しい王太子に、生徒たちは魅了されている。


ミリアも例外ではなく、アスランに腕を絡めたままグレイグにうっとりと見惚れていた。

アスランの表情が曇る。



「お前たちの問答を聞いていた。私の知るオルトラン嬢が、そのような稚拙な事をするとは到底思えない。どうやら侮辱されたのはオルトラン嬢のようだな?」


グレイグの低い声に、アスランはゾクリと寒気を感じた。


「兄上とタレイアはあまり面識はないはずでしょう」


「お前などより、よほど彼女と顔を合わせている。主に仕事でだが。16にもなって国政に関わろうとしないお前に羞恥心がないのは承知しているが、これほどとは思わなかったぞ。恥ずかしくないのか?」


アスランは顔を真っ赤にして震えはじめた。

「兄上、まさか実の弟より、この女の言うことを信じるのではないですよね?」


「当たり前だろう。ろくに顔を合わせていない弟より、毎日のように会議室で国政の議論をかわし、弟に代わって参加してくれている慰労訪問や戦傷者への労いなど、世話になっている彼女の言うことを信じるが?」



にべもなく言われ、アスランは愕然とした。

「そんな···兄上は私に優しかったではありませんか」


グレイグは笑った。冷たく、突き放すような乾いた嗤いだった。


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