IF編
世界は、救われた。
それは疑いようのない事実だった。
崩壊寸前だった魔力循環は一夜で安定し、暴走していた災厄は跡形もなく消えた。
王都は再び機能し、失われかけていた都市も、最低限の形を取り戻した。
人々は泣いた。
感謝し、祈り、歓声を上げた。
「やはりユグだ」
「最強は裏切らない」
「世界は、まだ終わっていなかった」
ユグ・ノアールは、ただ立っていた。
剣も構えず、呪文も唱えず。
存在しているだけで、世界の歪みは正されていく。
神々は沈黙したままだった。
もはや介入する理由がない。
世界は、完璧に近い形で“修復”された。
だが、その翌日から、少しずつ何かが変わり始める。
評議会では、議論が減った。
決断は早い。なぜなら、結論が決まっているからだ。
「判断が難しければ、ユグに委ねよう」
「彼なら最善を選ぶ」
善意だった。
合理的でもあった。
失敗が許されない世界において、
失敗しない存在に頼るのは、自然な流れだった。
地方では、防衛計画が簡略化された。
訓練は縮小され、代替案は削られる。
「最悪の場合、ユグが来る」
その一文が、すべてを飲み込んだ。
ユグは、要請を断らなかった。
断れば、また同じ崩壊が起きる。
助ければ、救える。
その選択を、彼は何度も繰り返した。
数年後、世界はかつてないほど安定していた。
戦争は起きず、災厄は芽のうちに消え、
人々は安心して眠れるようになった。
だが、世界は静かに痩せていく。
判断する者が減り、
責任を引き受ける者が消え、
失敗から学ぶ機会が失われていく。
英雄は生まれない。
指導者は育たない。
必要がないからだ。
ユグがいる限り。
彼の家は、もはや森の奥にはなかった。
象徴として、王都の中央に移されている。
出る必要はない。
呼べば、彼は応じる。
世界最強は、世界の中心になった。
ある日、ユグは気づく。
世界から、「迷い」が消えていることに。
それは平和の証ではない。
思考の停止だった。
「……俺がいる限り」
その先を、彼は言葉にできなかった。
もし自分が倒れたら。
もし消えたら。
世界は、その瞬間に終わる。
彼は、世界を救った。
同時に、世界を一人では生きられない存在にしてしまった。
人々は幸せそうだった。
不安はない。
苦渋の選択もない。
だがそれは、誰かがすべてを選んでいる幸福だった。
ユグ・ノアールは、夜、窓辺に立つ。
外を見ているわけではない。
反射した自分自身を見ている。
その姿は、かつてと同じだ。
だが、決定的に違う点がある。
この世界では、
彼がいなくなった瞬間が、
「本当の終わり」になる。
世界は救われた。
そして、未来を失った。
それでも人々は言うだろう。
「ありがとう、ユグ」
「あなたがいてくれてよかった」
その言葉を聞きながら、
ユグ・ノアールは、今日も扉の外に立っている。
この世界では、
もう二度と、家に戻れないまま。
世界最強なのに家から出ない男 カロリー爆弾 @karori-bakudann
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