14

 帰宅した夕方から体が効かなくなった。完全に動けない。体に変調をきたし出した。嘔吐を何度もし、体が食べ物を受け付けない。次の日から完全に体がきかなくなった。とめどない将来への不安から今までの憎しみ、恨みつらみ、そして何よりも自分への苛立ち。それらが暴風雨のように真幸の中で、荒れた。


 二日間連絡しないでいると祖母に勘づかれた。連日真幸の元へ見舞いに来た。祖母は真幸の家に泊まらない。新横濱駅から来るのは大変だ。人が怖いのが伝わってしまっている。


「近くのホテルを取っているんだよ。さすがに体にこたえるしねぇ。歳を取るのはいやだいやだ」


 ケラケラと笑いながら、祖母は煮込み料理をお盆にのせて、真幸のベッドの前の床に置く。折り畳みテーブルを立てて、そこにのせた。


 真幸は、祖母が自分にかかる金を気にした。遺産はあったにしろ、祖母は、殆ど非営利法人の一人親支援の団体につぎ込んだ。だが、騙されて財産を半分以上失った。


「金なんかどうにかなるよ。こういう時に使うのが、お金だって嬉しいに決まっているじゃないか」


 この祖母と血のつながりがあることが真幸は嬉しかった。


 たしかに、今は不幸だった。しかし、半分くらいは恵まれていると思いたかった。でも起きたことに対して腑に落ちることはこの先、一生ないだろうと予感がした。


 何も考えずに過ごしながらホヤは祖母のおかげで回復した。ホヤは開花し、咲き誇った。


「幸子には何もしてやれなかったからね。せめても、まさきちゃんだけでも、幸せになってほしいんだよ」


 ひたすら申し訳なく何かと付けて謝り続ける真幸に、困ったように笑う。目を細められ、真幸は、その瞳を「ああ、愛おしいものを見る時にするものだ」と理解した。


「血筋だね」


 真幸は、祖母の泊ったホテルの一室で寝ころんだ。手伝うと言っているのに、ちっとも聞かない祖母に根負けしていた。暇だ。


「幸子も、日高さんも。働きすぎで、何度も身体や心を壊している。多分、じいさんの血やね」


「お父さんは、おじいちゃんの血を受け継いでいないだろ」


「そうだっけ?」と祖母は、すっとぼける。


「じゃあ、類は友を呼ぶだね」


 不意に、成る程と思った。けど、真幸からは父も母も、友ではないが。やはり俺は、その一家の血に呪われていたのか。恨みがましい気持ちもあったが、今となってはもうどちらでも良い気がした。


 ……仕方なかったのかもしれない。


「おばあちゃん、俺はこれからどうすればいいのかな」


 返す言葉に困る質問を何気無く聞いてしまった。以前、祖母は困って答えられなかった。


「そろそろ棚からぼた餅が降るんじゃないかね?」


「……そうかなぁ?」


 何と無しに、真幸は、大節を思い浮かべた。なぜ、思い浮かんだか。どうしてもわからない。


 赤の他人だろ? と問い掛け、自分でとりもなおさず表面で納得いく理由が見つかっても、わからなかった。


 祖母はキャリーケースに荷物をすべて詰めて、チャックを下した。すかさず、真幸がそれをひったくる。


 駅までの道は、真夏の太陽が燦々と輝いて、暑い。夏だ。見上げると、入道雲が悠々と緩やかに流れて、空が高い。絶好の気持ち良い夏の天気だ。


 ホームまで行って、真幸は祖母を見送った。


「まさきちゃんは、過労死しないでくれよ。せめても、大往生してほしい」

 なぜ、祖母は執拗に、こう言うのだろうか。孫が出来れば、そう思うのだろうか? 未知の領域で、わからない。女を愛して、子を孕ませたい気持ちは、真幸には、これからも無い。一回位は学生時代、努力した。


 もう一生、独身で良い。


 それはそれとして。祖母には大往生してほしいと真幸は思った。自分が知らぬ間に、祖母だって色々あったに決まっている。そろそろ報われていいだろう。そう思って、だから、「そういうことか……」と納得行くように思えた。


 電車のドアが閉まり、祖母が遠ざかる。


 祖母はきっと、孫を望んでいない。その話題は不思議と一度もなかった。祖母は本当に、真幸が生きているだけでいいと思っていると改めてわかった。出来る限り、幸せでいようと真幸は小さく決心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る