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忌引きが明けた九月末、真幸は例年以上に忙しかった。中学一年生の教材開発にあたって、真幸が重視したのは金銭コストの軽減だった。一人親を想定し、中学に入りたての子供に合った参考書を考えた。そして「分かり易さ」と「ページ数」にこだわった。十月初旬の最終会議で指摘が入った。
「分かり易さはわかるが、ページ数の薄さにこだわるのがわからない。分冊する、ここに意味があるのか。荷物になるだけだ」
「先日回したメールを見ていない」と腹が立った。その上、今日は珍しく本社と事務局のトップが同席している。お手並み拝見といったところか。ため息をつきたかったがぐっと堪えた。
「事前にメールで回答しております。漏れがありましたようなので改めて」と真幸は口上した。不躾な視線を向けられた。
「親は子育てとなると初めての経験ばかりです。一人親になるとなお大変です。であれば、親は当然、我が子にとって良い教材が欲しくなります。しかし、教材がごまんとあります。親は教材にかける金銭コストを気にし、また子供によって教材が合うかで悩みます。中学一年の教材に改善点がないかと考えました」
スライドに裏打ちとなるデータを列挙した。
真幸は、淡々と述べつつも、声に力が入る。
「もっと遡れば、中学一年にどれだけ小学六年間の教科の総復習をしたか。再度見直し、本当に理解できたか。その過程を一つでも飛ばすと中学の勉学が付いて行けなくなる。ーー記憶に覚えはございませんか?」
その場にいる者が真幸へ、一斉に集中する。
「中学に進学すると人間関係が変わります。子供は心理的にとても不安になります。同時に勉強も疎かになりやすい。普段から勉強の習慣がなかった子供ほど後半で苦しみます」
次に現代の子供の精神疾患状況のデータを提示した。流れるように、トントン拍子で進められて行く。これで、いいのだろうか。スライドを送る指先が、わずかに震えていた。なぜか何かが歪んで行くような感覚がする。失態をおかしてはいない筈なのに、どこかで失敗したと思ってしまう。
「そうなると子供は荒れます。親が常に家にいなければ尚更です。そのために今回の教材には、小学高学年の総復習を改めて、載せたい。これなしには勉強に理解は難しい、と」
真幸は手作りのイラストでイメージを共有した。
静まった空気の中で、真幸はぐるりと視線を回した。
「その教材を今回提案させて頂きました。以上となります。異論等ございましたら今の内に教えて下さい」
本社のトップがえくぼを作った笑みに加えて、唸るような態度には全然嬉しいと思えなかった。暗黒の始まりと言える伏線がそこかしらにある。それは見えないのに真幸は敵意のこもった視線を痛い程、感じた。
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