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 身内に不幸があった真幸は、その旨を伝えている。新たに会社からのメールに驚愕した。頭を押さえ、深く、息をついた。


 キーボードの下矢印キーを叩き、パソコンの画面が下がる。上層部からのメールは真幸の意訳だと「今回の教材の制作企画の進行役は君に委ねる。面倒な事前・事後報告は、このメールアドレスのみで。他は無視しろ。好きにやっていい」と見えた。真幸は愕然とした。


 今までの地道な努力が報われたと喜べばいいのか。咄嗟に、この企画に関わっている課長や先輩を思い浮かべ、目眩がした。


 頃合いを見て、身内の不幸を理由に、在宅ワークに切り替えたかったが出来なくなった。


 真幸はこれまでの、メールのやり取りをクリックし、流れを確認した。どこで、間違えた? と思った。こんなはずではなかった。この企画内容は負担が大きく、自分には身が重い。


 真幸には感情の整理が必要だった。


 真幸の父親は真幸にとって、良き親ではなかった。


 ……父はどんな働き方をしていただろうか。思い出せない。仕事について多くのことを語る人間ではなかった。


 母はかなりの働き者で、真幸が大学入学して間もない頃に逝去した。その原因は過労と高血圧によるくも膜下出血。祖父と母との墓参りに相伴した際、母方の祖母である慶子は大学生の真幸に、「働くことは善だが、働きすぎるな」と目を腫らしながら訴えた。


「まさきちゃんだけは、そうならないでほしい。老いぼれの願いだ」


 しかし、新卒で就職した職場環境は過酷なほどハードだった。倒れて、祖母だけが見舞いに来てくれた。退院後、休養を挟み、祖母に転職を相談した。経営者の妻だった祖母はうんうんと頷くばかりだった。アドバイスは無かった。祖父がまだいれば違ったのだろうかと思った。しかし、「世の中は私もようわからなくなった」と祖母が呟いた。答えはだれにもわからないのだとその時、真幸は悟った。


「ここだったら残業は少ないんだ。中小企業の事務員だよ。おばあちゃん、安心してくれる?」


 真幸が尋ねると、祖母は涙ながらに頷いた。何であれ、それ以来、真幸は過重労働に気を付けて来た。


 次の会社では段取りを先に考えるようにした。はじめは勤務時間内にしていたが、視線に嫌なものを感じるようになった。やがて業務時間外でまとめることにした。ゴールを設定すれば、その都度、各々の業務における期日を決められ、その日までにどれだけのタスクをこなせばいいか明確になる。そうすればやるべき道筋が見える。慣れたら仕事がとても楽になった。大事なのは自分の情報を小出しにすることだった。でないと足元をすくわれてしまう。


 そうやって来た積み重ねは、贅沢な悩みかもしれないが、真幸の気持ちも聞かずに強引に推し進められている気がする。


 真幸は、吐息を深く出し、謝辞と現在の進行度の様子を打ち込み、言われた通り、全体に回さず、上層部の一人だけにメールを返した。

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