第2話 初観測
レイが就任してから数日……その日の午前中も特に変わったことはなかった。ジンが整備した検知器を搭載したドローンをユージが研究室から遠隔操作で飛ばし、目ぼしい場所にポツポツと投下していく。分かってはいたものの、これが単発の現象を追いかける観測の手段かと思えばあまりにも心もとない。
「ユージさんってドローンの操作もできるんですね!」
「はは……最初は酷いものだったんですけどね、この前日本に帰った時なんかフラッと参加した街のドローン飛行コンテストで優勝しちゃいましたよ」
そう言いながら、画面には集中しており正確な操縦でポツポツ検知器を投下していく。このドローン操作に関してはユージに一任されている。投下するのはともかく、GPSを頼りに検知器を回収するのはこの研究室では彼以外にはできない技術であったからだ。
「アタシも練習したんやがてんで才能なくてなぁ、飛ばすならまだしも検知器回収はかなり難しいで」
「実際こんなドローンでやるような仕事じゃないっスからね……ユージさんがすごいんスよ」
そうして全ての検知器を投下した後、ドローンは調査船”なみゆり”に帰還する。そのドローンをジンとレイが甲板まで回収しに行っていると、すれ違った他部署の人員にクスクスと笑われた。
「……感じ悪いですね」
「しょーがないっスよ、実際このなみゆりに参加しているチームが今時E型のドローンなんて使わないっスから、それだけでナメられるんス」
それでも少し納得のいかないレイは一瞬、拳を固めて睨むものの、すぐに落ち着く自分が勝手に特波研と他部署の関係を悪くするわけにもいかないのである。しかし、その目はなかなかに気合の入っている眼差しであった。気を取り直して、レイも持てる分の荷物も回収して特波研に戻り始める。
「……レイちゃんって多分怒ると怖いタイプっスね」
ジンが空気を軽くするために冗談めかして言う。そういうとレイはムっとしてジンに向きなおる。
「誰だって怒らせると怖いですよ!そういうジンさんだっていつも優しいですけど怒ったら意外と?」
「うーん、まぁ?俺って前は海底カメラの開発室に居たんスけど、同じチームに居たパワハラ上司を告発したんスよね、なんかお偉方にコネクションがあるとかだったんスけど……やっちゃえ!ってね」
「私よりよっぽど怒ったら怖いじゃないですか……」
思っているよりも重大な過去をさらりと話すジンに、レイは少し驚く。彼はさらにその話を続ける。
「結局その上司は戒告で終わり、お陰で俺は異動という名の左遷で特波研に来たっス……まぁ、前より遥かに居心地いいっスけどね!」
「わ、私は……ジンさんは左遷されるような間違ったことはしてないと思います!」
レイのその言葉にジンは自嘲気味に苦笑いをする。
「いやぁ……そうでもないっス、今思えばもっと上手いやりようがあったと思うんスよね……」
少し落ち込むジンに、否定の言葉もないレイは空気を変えようと話題を振る。
「そういえばあのお二人は何故特波研にいるのでしょうか……ジンさん知ってます?」
「勿論っス!辰巳主任は元は特波研の平研究員だったっス!でも以前話したようにチームは縮小……で、なんで残ったかというと、これ本人に言うとムッとするんスけど、あの人意外とロマンチストなんスよね、だから完全に未知の巨大波の解明を諦めきれずにズルズルと……」
これはレイにとっては意外な情報であった。確かに未知の物事に挑むというのは研究者冥利に尽きると言えるが、リアリストで諦めたような雰囲気のあるあの主任が実はそんなロマンチシズムで出世の道を蹴っていたというのだ。
「そうこうしている内にユージさんしか残らなくて、短期間スけどホントに二人で回してた期間があったらしいっスよ……多分俺がやらかして即異動になったのも機能不全の部署を最低限は動かせるようにするためだったと思うっス……いやマジで」
その言葉を聞いてゾッとする、仮にも研究室として残すならそんな状態にするのはレイの常識では考えられないからだ。いくら今は必要ない部署とはいえ、流石にもう少しやりようがあったのではないのかと義憤にも似た感情に駆られる。
「まぁ、上も必死なんスよ、日本の海産物資源を立て直すために他国よりも先にPBEの解明を急いでいるときに、およそ無関係の大波の研究に人員を割いてる暇は……それでも残ったということは不要ではないということなんスけどね」
「うーん、それでもひどい話……ちなみにユージさんは何故残ったのでしょう?」
「……あぁ、あの人は主任と同期らしいスけど……ちょっと変わってるんス、早い話が、主任よりも遥かにロマンチストっス」
何故か目をそらしてそれ以上の説明をしないジンに少し戸惑うレイであったが、空気は変わったのでそれで良しとした。
――――
一方その頃、特波研の研究室では……。
「くしゅん!誰か僕の噂でもしたかな?」
「ははっ、お前なら何言われれててもおかしくないわな」
「あっ、酷いですよ辰巳主任!」
それを聞いて主任は笑いながら呆れたようにため息をつき、ユージのPCを指差して言った。
「そう思うなら、業務中にコソコソやり取りしてるオトモダチとのチャットを閉じたらどうや?」
「いや……これは、その……」
「まーたブループ音でも検出されたとかそんなんか?それともバイオフィルムか?ん?」
「な、なんで分かったんですか!?」
「そんなんばっかりやんけお前ら、業務中やぞ」
「うっ……す、すみません……」
途端にモジモジとなるユージの態度に、主任は先ほどよりも大きなため息をついて板ガムを1枚取り出そうとしたその時、ユージが急に立ち上がった。明らかに尋常ではないその雰囲気に、主任も切り替える。
「な、なんやいきなり……」
「た、辰巳!来た!……いや、その、とにかく来ました!そっちに繋ぎます!!」
そうして共有された画面をみて、主任は目を見開き、手に持っていた板ガムはするりと指の間を抜けて床に落ちた。その少し後、レイとジンが和気あいあいと雑談をしながら研究室に戻るとなにやら二人が慌ただしく機器を操作していた。
「おお、間に合ったか!お前らもこっちに来い!」
「ついに……ついにドンピシャのデータが取れそうですよ!」
それを聞いたレイとジンは一瞬でその状況を理解し、主任のPCの前に集まる。史上初、エンテハル現象の只中に検知器が入り込んだのだ。バラマキ戦術がついに実を結んだ瞬間だった。
「強烈な内部波を検知……こら相当デカい規模やで」
「この感じ、海が……持ち上がってる?湧出現象に似た感じなのか?ならPBEとの関連も……」
「この波に呑まれて耐えてるVB2000もすごいっスよ、流石名機と名高い機種っス」
口々に盛り上がるメンバーを焚き付けるかのように、検知器はこの異様な巨大波のデータを細かく送り続ける。波の高さ、持続時間、内部波の規模、音……そのあらゆるデータは特波研が、いや、ここまでドンピシャなデータは世界中のエンテハル現象を研究しているチームが喉から手が出るほど欲しがっている。それをついに観測できたのだ。
「エンテハル現象終息……しました、検知器はのデータは後半がノイズだらけが多いですがなんとか持ちこたえたようですね」
持ちこたえたと言っても、後半はほぼデータらしいデータは観測できておらず、位置を知らせるGPSがかろうじて生きているという状態ではあった。
「す、すぐ回収しに行こう、送信できていないだけで他にもデータを抱えているかも知れない」
「っス!このドローンのバッテリー入れ替えたらすぐに向かうっス!」
男二人はすぐにドローンの簡単な整備を始める。今はGPSが生きているものの、それが途絶すれば完全にロストすることになる、この千載一遇のチャンスを余すことなく掴み取るためにコレまでにないほど必死に働いていた。そんな時、主任がポツリと言葉を発した。
(このデータ……内部波の溶存ガス量がいやに滑らかに落ちとる……?)
「珍しいやんけ、これが特徴の1つってわけか?」
なにやら面白げな主任の独り言を聞いてユージが反応する。
「えっ!なんか新しい発見ですか!?」
「あぁ、いいからお前は検知器の回収にいっとけ、その間にアタシがざっとデータ見とくから」
「えー!ズルい、僕も見たいです!」
ユージがそんな事を言っていると、ジンが急かすように声を上げた。
「チェック完了!あの検知器を回収するぐらいなら飛べるっス!今はこっち!」
「あわっ!も、もちろん!早く甲板に行こう!」
男二人はドローンを持ってドタバタ走りながら研究室を後にする。その様子を見て、主任は呆れたように、そしてどこか嬉しそうに微笑んだ。その表情を見てレイも嬉しくなる。
「なんだか嬉しそうですね」
「そら何年も待ちに待った瞬間やからな、レイが来てすぐに幸運が転がり込んで来たし、もしかして幸運の女神なんちゃうか?」
「主任、もしかして口説いてます?」
「アホか」
主任も上機嫌を隠さずデータを整理しつつ、今できる範囲で分析を始める。おおむね仮説と計算どおりの挙動をしているものの、そうではない部分もいくつか見られた。しばらくそんなふうにデータを解釈している内に、主任は板ガムを取り出して噛み始めた。
「どうしたんですか?」
「んにゃ……どうも……例えばこの音響データを見てみ、余りにも平坦やろ?この規模の大波現象では通常見られん現象や」
「……ということは?」
「ということは……一筋縄では行かんってことや、まぁ外れ値の可能性も否めん、そもそも初観測やからまとも比較対象がないんやしな……」
原因不明の巨大波が、要因不明の現象を伴っているというある意味当然の結論ではあるが、舞い上がっていた空気が少し熱を失う感覚が二人の間を通り抜ける。それでも主任にとって救いだったのは……。
「ま、ホンマにただの大波でしたってオチや無いのはある意味では救いやな……正真正銘、人類がまだ理解できてない海洋イベントってことやで」
「確かに!偶然ではなさそう……ですよね!」
少し空気が和らいだタイミングで、男二人が研究室に飛び込んできた。
「回収完了しました!」
「検知器の観測機器はほぼ破損してたっスが、メモリーはなんとか無事っスよ!」
主任はニヤリと笑って立ち上がる。
「よし、中身を開けてみようやないか」
メンバー全員がおもちゃ箱を前にした子どものような瞳になっていた。
――――
検知器を回収、分析して数日……あの日観測されたデータは確かに劇的なものであったが、ここに来てそのデータ分析は大きな壁にぶち当たっていた。それも主任が呟いていた、”比較対象が存在しない”ことである。実際には全く無いわけではないが、前回の史上初の直接波に揉まれたデータの確度が高すぎてこれまでの遠巻きなデータとはある意味では比較が難しいのだ。結局、今までと大して変わらない日々に戻りつつあった。
「はぁー……もう一回ぐらいド真ん中のデータ取れへんかなぁ」
「せめて法則性ぐらい分かったらいいんスけどねぇ」
いつもと変わらない、ある意味穏やかな日常が過ぎていた。
「あれ、もしかしてこのデータ整理してくれてるのってレイさんですか?」
「はい、最近は時間を見つけて少しずつデータごとにまとめ直してみてるんです、もちろんマスターデータには手を出してませんから安心してくださいね」
これまでは事例のケースとデータの種類ごとに区分けしてまとめられていたデータを、レイは前回の観測記録と似ている数値を種類ごとに分類したのである。
「あー、でもレイ?これ時系列無視しすぎちゃうか?コレじゃホンマに近似値を集めただけの波高ランキングみたいになっとるで」
主任の指摘にレイは少し顔を赤らめる。新人の上に専門外なので仕方のないことではあるが、やはり指摘されると恥ずかしいものである。
「え、時系列で整理したほうが良かったですか?数字だけ見て並べてました……」
「まぁまぁ、色んな視点で見れる方がいいですから、ただ今の目的は法則性を発見することなので時間や日時、場所なんかは含めて分類したほうがいいかもしれませんね」
すこし落ち込むレイをユージがフォローしつつ、特に手がかりもないままにその日も業務は過ぎていくのであった。
白海 @Jack_C
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。白海の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます