白海

@Jack_C

第1話 その名は滅び

 ざわつく会場、今から日本の海域調査統括機構(JSARO)の記者会見が開始されるところであった。内容は現在世界中で新たな海産物資源の安定供給元になると注目されている現象についての報告だ。


「えー、今回の発表におきましては超外洋で確認されいる海洋プランクトンの大量発生イベント、通称”PBE”(Plankton Bloom Event)につきまして…………」


 PBE…海洋プランクトンが局所的に大発生、拡散し、その周辺海域に多種多様な生物が集結する海洋イベントのことである。近年、外洋進出が進んだことで発見された現象であり、まだまだ調査するべき項目が多い事象である。これらは最近減少傾向にある沿岸部や比較的近域の外洋の海産物資源の代替案として注目されているのである。


「……以上が今回の発表になります、質疑応答に移りたいと思います」


 当たり障りのない経過報告を終え、質疑応答の時間に移る……が、記者が質問を投げかけてもほとんどが「調査中です」と回答されるだけである。それもそのはずで、各国の調査チームはおろか世界中の国が加盟している国際協議会の”国際協議提携機構”(国提)の海洋部門の研究チームですらまだはっきりとしたことは分かっていない段階なのである。

 そうしてる内に一人の記者の質問が投げかけられる。


「PBE現象の付近では『巨大な高波現象』も合わせて観測されているそうですが、これについて安全性の観点からわかることはあるでしょうか」


 質問されると、JSAROの役員の口元が面倒くさいなと言わんばかりに一瞬歪むが、瞬時に表情を作り直して答える。


「現時点で判明していることは少ないですが、この現象を運用するにあたってのリスクを最小限とするために、万全の調査を行っているところであります、他に質問がある方は…」


 まだ、しばらく記者会見は続くようだった。


――――


《万全の調査を行っているところであります……》

「このザマで万全、なぁ」


 晴れた空、見渡す限りの凪いだ海、海、海……外洋調査・研究船舶”なみゆり”の甲板ででスレンダーな高身の女性がスマホのラジオから聞こえる先程の会見を聞きながら毒づいていた。彼女はこの国家プロジェクト”PBE調査任務”を請け負っている100mを超える最新の研究船の片隅にある、小さな研究室の室長であった。……部署名は”特異波研究室”(特波研)、先程の質疑に出てきた巨大な高波現象の調査を行っているまさに当事者であった。



「はっ、カスみたいな予算でよう吠えたもんやなぁ」


 少し苛ついた様子でミントの板ガムを口に含み、忌々しげに噛み潰す。今はなによりPBEの発生周期や集まる生体の種類、頻度、発生の機序……こういったものが最優先にされており、PBEの発生直後に不定期に観測される大波現象にはまだまだ鉢が回ってこないのが実情であった。

 そうしていると、扉の方から走ってくるメガネをかけた天パの男が走って近づいてきた。


「主任〜!ここに居ましたか!そろそろ時間ですよ!今日は補充された新人さんが本格的に業務に参加するんですから主任が居ないと!」

「もういやそんな時間か……ん、よし行くとしようか」


 少し吹き始めた潮風に見送られながら二人は船内に戻る。室長は紙に包んだガムをゴミ箱に捨て、襟を正す。しばらく歩いてから奥まった位置にある扉の前につく。”第六研究室”……2人は自分たちの研究室の扉を開けた。そこには最新鋭の調査船の中とは思えないこじんまりとしたワークスペースが広がっていた。少し広めの場末のオフィスさながらである。


「あっ二人ともようやく来たっスね?流石に新人ちゃんと二人じゃ気まずいっスよ〜」


若干明るい髪色の色男が2人を出迎える。その奥には……清楚な雰囲気の若いハツラツさが感じられる女性が立っていた。


「待たせたな、あの子が例の?」

「はい、直前にあった予定外の人員整理で追加された方ですね……皆さん一度座って自己紹介しましょうか」


 メガネの男の促しで皆が自分のデスクに座り、一呼吸おいてから若い新人の女の子が立ち上がり、笑顔で一礼してから話し始める。


「私、”及川 麗”っていいます、レイって呼んでください!その、急遽の人員配置で先程ようやく調査船内での研修が終わったところでして……しかも私ってどっちかというと生物よりの学科を専攻してました……」


 その発言を聞いた瞬間、メガネ男がガタッと取り乱して反応する。明らかに今の自己紹介に反応した風であり、レイは少し驚いてしまう。


「アホか、静かに座っとけ」

「す、すみません……つ、続けてください」

「……?、えと、皆さんにご迷惑だけは掛けないように注意しますので、よろしくお願いします!」


 3人はそれに拍手で応えると、室長の促しで今度はメガネ男が立ち上がった。


「先程はすみません、僕はここでデータ観測や解析なんかを担当している”鎌柄 裕二”と申します、ユージって呼ばれてますね、よろしくお願いします」

「ユージさん、ですねよろしくお願いします」


 先ほど取り乱していたメガネ男ことユージが着席し、次は先ほどの茶髪の男が元気よく立ち上がって自己紹介を始める。スマートで背が高く、いわゆるイケメンというやつであった。


「俺の名前は”金平 神”っス、ジンって呼ばれてるっス!機器修理や専門機材の使用とかを担当してる…まぁ、技術担当っス!……っても俺もまだ3年目で新人みたいなもんだから頼りにはし過ぎないで欲しいっス!」

「ジンさん……はい!よろしくお願いします!」


 特徴的な語尾をしているこの男はいわゆるメカニック担当である。手元や足元にも様々な工具箱があり、それを伺わせる。そして最後に室長が立ち上がった。


「さて、アタシがここの”特異波研究室”室長の”琴弾 辰巳”や、ちなみに役職は主任だからそっちで呼ぶように、レイには……雑用をメインにデータ整理と他部署との連絡なんかをしてもらおかな、急遽で大変やろけど、まぁ気負わずに研修の延長ぐらいに考えてくれや、頑張ろな」

「辰巳主任!分かりました!よろしくお願いします!」


 こうして自己紹介も終わり、各々は業務に戻っていく。レイはひとまず主任に指示された分のデータの整理を始めようとして、気づいた。メインのデータが集まっているファイルの名前が見慣れない名前がついていたのである。


「エンテハル……?あの、ユージ先輩、このファイル名ってなんですか?」


 近くのデスクで仕事をしていたユージに質問を投げかける。それにたいして、ユージはそういえばという顔で説明し始めた。


「ああ、それが今の僕たちの部署名にもなっている”特異波”の名前だよ、【エンテハル現象】って僕らは読んでるのさ……つまり、そのファイルは特異波についての全般的な情報が入ってるファイルってこと」


 それを聞いてレイは少しテンションを上げる。


「へえー!なんか映画っぽくて格好いいですね!」

「アホか、コイツが勝手に使ってるのがウチで定着しただけや、外で使ったら恥かくで」


 正式には”特異波”と呼ばれる現象であり、このような呼び方はかなりローカル色の強い特殊なものであった。もちろん報告書などにこんな呼び方を書こうものなら差し戻しは避けられないだろう。


「し、失礼な、海外の友人たちの間でも使われてますよ!」

「何の根拠にもなっとらんわ!めちゃくちゃマイナーやんけ!」

「ところでなんでエンテハルって呼ばれてるんですか?」


 レイがさらに質問を重ねると、ユージの目の色が変わったがそれを察したジンが慌てた様子で割り込んだ。


「とある国の言葉で”滅ぼすもの”を意味する言葉っスね、古代伝承の”海の稲妻伝説”とか”白波の柱”とか”ボルテクス王伝記”なんかに登場する海の神の名前で、昔の人達がこの異常な巨大波を神格化したものと言われるっス、そこから名前をもらってこの現象をエンテハルって呼んでるんス」

 

 ユージがさらに伝承本を手に説明をつなごうとするが、主任が目でそれを制してユージはしょんぼりしながら本を片付ける。今まさに紹介にあずかった【ボルテクス王伝記】を説明しようとしていたらしい。


「あとあんまりこの手の話をユージ先輩に話すと止まらなくなるから注意が必要っス」


 レイはユージが先ほど手に持っていた分厚いその様子に少し苦笑いを浮かべながら、説明してもらったことのお礼を言って業務に戻る。まだなんとか話を続けようとするユージを他所に、他の二人も完全に業務モードに戻ってしまうのであった。


しばらくして、再びレイが口を開いた。


「あの……このエンテハルのデータ群なんですが、色々あるのに映像や写真が極端に少ないですね」

 

それを聞いたユージが答える。


「あぁ、エンテハル現象は突如巨大な内部波が検知されてその後に海面が盛り上がるように十数メートルの波が発生するんだけど……この周期が全くの不規則でね、同じく巨大波として知られる現象は波のエネルギーが集約された結果起こると言われてるんだけど……エンテハルにおいてはそういった記録が確認されていなくてね、あまりにも突発的に起こるせいで映像なんかはなかなか難しいんだ」


 ユージの説明に辰巳主任が言葉をつなぐ。


「一応PBEの発生と相関がありそうってとこまでは分かったんやがなぁ……それも完全ってワケやないねん、最初は特波研もそこそこデカかったんやで?PBEの発生周期に関係あるんちゃうかってな、でもあんまり関係なさそうとなったらドンドン予算と人が減ってコレや」

「そうだったんですね……でも、そんな不規則なのによくコレだけのデータが集まりましたね!」

 

その疑問に対してはジンが笑いをこらえながら答える。


「それねぇ、かなり力技なんスよ……ここに来たときに笑ったんスけど、この部署が大きかったときに使われてた高精度検知器をドローンでばらまいてエンテハル現象をどうかにか測定するっていう…いや、一応一度起きた部分から一定距離までの範囲では起きないとか、荒天の場所では観測されないとかあるんで本当の手当たり次第という訳でもないんスが…おかげで今使ってるVB2000型の検知器なら目を瞑っても修理できるようになったっス」

「……え?」

 

思いの外無茶をしていることを知って思わず絶句するレイを見て、3人とも苦笑する。発生範囲で言えば分かっているところだけでも相当な広さである。それをこんな当て物な何かのような手段で探し回っているのは国家プロジェクトに連なる研究としては驚きを隠せなかった。

しかし、予算が潤沢に割かれているPBEですらまだ周期どころか発生機序すら分かっていないのだから、限られた予算のエンテハル現象の詳細など調査が進むはずがないのだ。


「これでも他の国のチームよりはまだデータを集めれてる方なんやで、他のチームは規模縮小に伴って機材すら取り上げられて外洋に向けて無作為にカメラドローンを飛ばしとる無謀さや……まぁウチも映像や写真は衛星の広域カメラに映り込んだのが殆どやから大して変わらんけどな」

「そうだったんですね……」


 そうしてデータを閲覧しているとさらにレイが驚きの声を上げた。


「あの!?……もしかして観測データの数って……こ、コレだけなんですか?」

 

レイが驚いたのも無理はない、検知器で観測できたデータが少ないのはまだしも、衛星写真で撮影されただけのデータですらここ10年で40回弱しかないのである。これでは研究どころの騒ぎではない。


「そう、それだけや、それこそウチが冷遇されとる最たる理由……このエンテハル現象は発生頻度が致命的に低いねん」


 自嘲気味に主任が答える。頻度が多く、不謹慎ではあるが被害が多ければ海運に関わる重大な現象として大小さまざまな研究機関が注目するだろうが、これでは需要が生まれず研究に参加する人員が増えないのも当然であった。しかし、とユージが言葉をつなぐ。


「そのうち実に22回がPBEに関連していると思われる発生……どう?微妙でしょ?それでも畳まれないのは未知の海洋現象の学術的価値と……世間への言い訳のためだね、ここ40年でエンテハルが原因と思われる海難事故が8件、いずれも完全に転覆している……たった8件でも現代の高性能船すら沈んでいるからね、いつかPBEが本格的に産業になる時この巨大波現象は確実に問題視される」


 ユージの確信めいた言葉にレイは息を呑む。詳細を知ると巨大なタンカーですら転覆、沈没した事案がある以上はPBEを実際に産業に組み込む際には対応を求められる日が来るだろう。滅ぼす者の名は伊達ではないということであった。


「ま、そんときゃまたJSAROの精鋭チームにデータの上前だけ跳ねられてアタシらはまた別チーム行きになるやろうけどな、要はアタシらはそれまでの繋ぎや」

「そんな……」

「ま、レイちゃんは心配しなくとも今回限りの緊急人員だから肩の力抜いても大丈夫っスよ!」

「それでもみなさんが心配ですよ……」


 いずれはお役御免となることが確定している部署にいなければならないメンバーの未来を案じても、レイにはできることなどなかった。


「ま、それもいつになるかって感じやけどな!そもそもPBEが本格的に産業として確立されるのが10年……いや、15年は先やろうとアタシは踏んでるで」

「僕らの冷遇が逆説的になんにも進んでないこと証明ですもんね……普通こういう危機対応に近い部門はもう少し優遇されるんですよ、それこそかつてのようにね」


 そうしてまだまだ見果てぬ未来に思いを馳せたところで、午後の業務が再開され、今日も今日とてつつがなく時間が過ぎ去っていくのであった。

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