ラーメンお嬢様 〜全部のせ一万円ですわ!〜
江藤ぴりか
ラーメンお嬢様 〜全部のせ一万円ですわ!〜
俺の知る限り、お嬢様というのはラーメンを知らなかったはずだ。
しかし、原材料高騰や人件費の高騰により、ラーメンが一杯五千円にまで値上がりしてしまった!
「昔はかけでも一杯千円もしなかったのに……」
「オーッホッホ! ラーメンはトッピング全部のせが基本ですわ!」
庶民をあざけるように、
「店長、今日も客、来ないっすね」
「仕方ねぇよ。ハイパーインフレってやつだ。おっ?」
電話が鳴り、店長が対応する。
「はい、とんこつ亭! あ、これはこれは西園寺さん。ええ、ご学友とこちらに? 人数は五人? こっちはいつでも歓迎しますよ! ええ、お待ちしてます」
受話器を置き、店長は俺に指示を出す。
「いつものお嬢様だ。人数は五人。今から十数分後にこっちに来るってよ。麺の用意と、トッピングの在庫、確認しろ」
「店長、張り切ってますねぇ」
「当たり前だ。ったく、学生街に店出して、正解だったぜ」
お嬢様が卒業したら、店が潰れるのではと思ったが、黙っておこう。
「煮玉子、チャーシュー、海苔にネギ。餃子もあるな。トリュフオイルと金箔……いけるな。店長、トッピングとサイドの在庫はオッケーです」
「おうよ! いつでも迎えられるように、机でも拭いてけ」
俺は言われた通り、カウンターとテーブルに布巾をかける。
そうこうしているうちに店の扉が勢いよく開かれた。
「タイショー! ラーメンと餃子、それぞれ五人前お願いしますわ! ラーメンはもちろん、全部のせで!」
「らっしゃいませー!」
西園寺麗華。日本有数の有名企業の由緒あるお嬢様だ。
なんの気まぐれか、普通の私立高校に通う、地元ではちょっとした有名人でもある。
「西園寺さん、僕らがちゃんとしたとこのラーメンなんて食べてもいいの? 怒られない?」
「何を言うんですの。誰が何を食べても怒られなんてしませんわ!」
ご学友の懸念も、もっともだ。
今では社会人が、年に一回食べられるかどうかの
お嬢様たちはテーブル席に座り、ラーメンを待っている。
俺も餃子の準備をしつつ、その様子を観察する。
「しかも、餃子って……一皿三千円もするよ?」
四人は肩身が狭そうにソワソワしているが、お嬢様は堂々としていた。
「あら、そうですの? わたくし、値段なんて気にしたことありませんわ」
メニュー表に驚く四人は、全部のせの値段にも驚嘆する。
「えっ、かけで五千円なのに全部のせだと一万円じゃん。そんな、奢ってもらうなんて悪いよ……」
「いいんですの。わたくしたち、お友達ですもの。お友達と馴染みの店で食べたかったんですのよ」
「西園寺さん……」
ジーンとしているところ悪いが、俺もご
なにせ、まかないでラーメンなんて食べられないからな。……昔でもまかないでラーメンなんて太るから、食べなかったが。
「はい、ラーメンと餃子、おまちぃ!」
「これが店のラーメン!」
白い豚骨スープに細麺。チャーシュー、煮玉子、海苔にネギ。中央には贅沢にも金箔が乗せられている。
「伸びてしまいますわよ! まずはこうして香りとスープを楽しむんですのよ」
レンゲの上に濃厚なとんこつスープ。それを鼻で楽しみ、レンゲに口をつけた。
「んんー! トリュフの香りと甘いとんこつがベストマッチですわ!」
ご学友もそれに
「トリュフってのは分からないけど、おいしいね!」
そうだろう、そうだろう。
トリュフオイルの原価で、昔はラーメン三杯食えたんだ。それに、これは店長が十年かけて開発したスープなのだから。
店長も腕を組み、満足そうに眺めていた。
「次に固めの麺を食べるんですの。トッピングはその後の楽しみですわ!」
ずるるっと一気に麺を流し込み、
するとスープと麺が口の中で踊るのだ。
「じゃあ、僕も」
「……私も」
小気味良い麺のすする音。
ラーメン屋はこうでなくっちゃ。
「こうしてたくさんの客の顔が見れるって、ありがたいっすね」
「だろ? お嬢様は細麺好みだが、太客ってやつさ」
ウインクする店長に、うまいこと言ったつもりかと返しそうになった。
お嬢様は、トッピングのチャーシューに箸をつける。
「ごらんくださいませ。この厚切りのチャーシュー! こんなに厚切りなのはここでしか見られませんことよ」
「わあぁ!」
ウチのトッピングのチャーシューは一枚だけと少ないが、その分厚切りにしてある。醤油、青ネギ、生姜、みりんなどの調味料に半日煮込んだこだわりの一品だった。
「すごく、ジューシーだね!」
「うん、こんなの学食でも食べられないよ」
ご学友は食堂で昼食を摂る派なのか。
「? 学校でもラーメンが食べられるんですの? 知りませんでしたわ」
お嬢様はウチのようなラーメンしか食べたことがないらしい。
「うん。っていっても特別な日しか食べないけどね。ここより簡素だし、金箔なんて乗ってないし。西園寺さんの舌を満足させられないかも」
「オーッホッホ! わたくしのようなブルジョワには『とんこつ亭』が一番ですわ!」
昔を知っている身からすると、不思議な会話だ。
ウチだって昔は学生やリーマンで賑わう、普通の庶民の店だった。
バイトも五人はいたし、店長も客と向き合っていた。
それが今では、古参バイトの俺と店長の二人で店を賄えるようになった。
俺が店でやっていけるのは、このお嬢様のおかげかもしれない。
餃子もおいしそうに食べてくれている。それ、俺が焼いたんだぜ。
「ぐす……っ」
「何泣いてんだ、バイト」
「いや、こうしてここで働けているのも、あのお嬢様のおかげかなって」
「……そうだな」
店長が黙って俺の背中をさすった。
「お会計をお願いしますわ!」
「へい、まいど! お会計、六万五千円っす」
「ブラックカードでお願いしますわー!」
タッチ決済を済ませ、得意げな顔で支払いを済ませていた。
「西園寺さん、ありがとう。ラーメンってあんなにおいしいんだね」
「家で食べる袋麺と大違いだったよ」
「袋麺ってなんですの?」
お嬢様は相変わらず、インスタントには疎いらしい。
「今度、ウチでごちそうするよ」
お嬢様たちを見送り、店内には俺と店長の二人きりになってしまった。
「……なぁ、バイト」
「なんすか、店長」
「今月の最高売上、突破だ」
「やった。お祝いに、今度まかないでラーメン食べさせてくださいよ!」
「調子のんな」
バシンと頭を
俺たちのラーメンは、もう庶民のものじゃない。
それでも、今日も鍋に火を入れる。
なぜなら、この店のラーメン文化は――ラーメンお嬢様が守っているからだ。
ラーメンお嬢様 〜全部のせ一万円ですわ!〜 江藤ぴりか @pirika2525
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