第3話

「あのモノは……レスタとやらの皇子の生まれ変わりなのですか?」

「違うよ」

 安藤あんどうの問いを雅人まさとはあっさりと否定した。

「でも、まぁ……そっくりではあるからね……外側だけだけどね」

「外側……」

「うん。そっくり写し取ったんだろうね。まぁ、相手は志雄しおだもの。その程度のことはやってのけはするだろうけど……それにだまされるレスタもレスタだよ。いったいどこに目をつけてるのかってところかな?」

「あの……では、本物のレスタの皇子という者は別にいるということでしょうか?」

「いるよ。ここに」

「……は?」

「だって、僕だもの」

 雅人はさらりとそう言った。

「僕が、アディファートの生まれ変わり」

「雅人さまが……」

「これは内緒の話だからね。安藤さんの胸にしまっておいて」

 雅人はジェイや慎太郎しんたろうたちにはしなかった口止めを安藤にはした。

 雅人にとって、安藤はまだまだ全幅の信頼を置ける相手ではないようだ。

「はい……他言はいたしません」

「うん……志雄が、あの姿なのはわかってやってることなんだろうけどね……それにまんまと引っかかるレスタもどうかと思うよ」

 言って、雅人はため息をついた。

「外見が同じだからって……僕と志雄を間違えるなんてねぇ……」

「本当に、とんでもないことです」

「ジェイったら……」

 そう言ったジェイの口調が深刻で、その口調に雅人は微笑った。

「どっちにしたって、何かしらの動きはあるだろうから、とりあえず、待ち、だね。安藤さん。みんなも色々不安だとは思うけど、落ち着いていこう。大丈夫だからね」

 雅人はそう言ってふわりと柔らかく微笑った。

 その雅人の笑顔を見た安藤は、強張こわばっていた気持ちが解きほぐされた気がした。

「ありがとうございます、雅人さま」

 そう言って、安藤は深く頭を下げた。

 雅人が大丈夫だと言うその言葉。

 その言葉にこれほど心が安らぐ。

 この安らぎを部下たちに伝える義務が安藤にはある。

 今朝、ニュースを目にした時からは考えられないほど穏やかな気持ちを持って、安藤は部下たちの元へ帰って行った。

「雅人さま。お腹が空いていらっしゃるのではありませんか?」

 安藤を送り出したジェイが雅人に問いかけた。

「そうだね。何か食べたいな」

「ホテルでモーニングビュッフェなどいかがですか?」

「まだやってるかなぁ?」

 雅人が実家で暮らしていた頃には体験したことがなかったビュッフェだが、ジェイと暮らすようになって、好きなものを好きなだけ食べることができるシステムが気に入ったようだ。

「この時間であれば間に合いますよ。では、出かけましょうか」

「うん。お腹空いた」

 雅人は嬉しそうに立ち上がり、隣のタワーにあるホテルのビュッフェへと向かう。

 世の中で何が起きていようと、雅人の食欲を衰えさせるものではないようだ。

 ホテルのモーニングビュッフェで好きなものを好きなだけ食べて、満足した雅人はジェイとともに部屋に戻った。

「あー。おいしかった。ゴハンがおいしいって、幸せだねぇ……」

「雅人さまは本当に何事も楽しむということをお忘れになりませんね」

「そりゃそうだよ。一期一会って言葉があるでしょう? 時の流れは逆行しない。未来へ未来へ流れていく。あの時ああしていればって後悔したってどうしようもないんだから、その時その時を楽しんだ方がいいんだよ。だから僕は寸暇を惜しんで楽しむんだ」

 雅人は朗らかと言って良い口調でそう言った。

 ジェイでさえ、その口調に隠された本当の意味を伺い知ることはできなかった。


 週末は、いつものように過ぎた。

 雅人とジェイは共に食事を楽しみ、穏やかな時間を過ごした。

 休みが明け、ジェイは朝の遅い雅人を部屋に残して仕事へと出かける。

 エレベーターを下り、隣のノースタワーのエレベーターに乗ってオフィスへ向かう。

 事務所には紫苑が先に来て待っていた。

「おはようございます、先生」

「おはようございます、竹階たけしなくん」

 紫苑はこのところの彼らしくもなく、テレビを見てはいなかった。

「どうしました? 竹階くん……異星人への興味を失いましたか?」

「あの……すみませんでした。俺……仕事もせずに……」

「構いませんよ」

 ジェイは柔らかくそう言った。

「あなたに限らず、誰もが興味を持っている出来事ですからね。ただ、お訊ねしてもかまいませんか? あなたはもう、異星人来訪のニュースに興味を失ったのでしょうか?」

「いえ……ただ……何か、あの少年を見ているとイライラするんです」

 紫苑が言っているのはアディファートをかたる志雄のことだろう。

「イライラする?」

「はい。何て言うか……ホントによくわからないんですけど、彼がテレビに映ると胸の中がざらついて……見ていられないんです」

 紫苑のこの言葉にジェイは特にコメントをしなかった。

「まぁ、熱が冷めたのであれば仕事をしましょうか」

「はい。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」

 紫苑は深々と頭を下げた。

 ジェイには志雄を見た紫苑が彼に何を感じたのかはわからなかったが、仕事に対して前向きになったのであればそれ自体は良いことだ。

 オフィスJはようやく通常運転に戻ったのだった。

 相変わらず、株の値動きはめまぐるしい。

 ジェイと紫苑はモニターに釘付けになりながら、秒単位で株の売買を続けていた。

 しかし。

 誰も訪れるはずのない事務所に客が訪ねて来たことで、その久方ぶりの平穏は破られた。

 オフィスJは株のデイトレードをしている事務所であるから、客が訪ねて来ることなど想定していない。

 ノックのあと、オフィスのドアが静かに開かれて見覚えのない男が現れた。

 一見すると、極真っ当なビジネスマンに見える。

「突然お訪ねして申し訳ない……こちらに、久我くが雅人さまはいらっしゃるだろうか?」

 この男が発した言葉に、出迎えた紫苑は思わずため息を落とした。

 紫苑は雅人とジェイの関係性を誤解している。二人が特に否定しないこともあって、彼はジェイと雅人が同性の恋人だと思い込んでいる。

 この時代であるから恋人が同性であったところで否定はしないが、紫苑は彼の上司であるジェイ・リーを尊敬しているので、その上司を好き勝手に振り回しているように見える雅人に対してどうしても点が辛くなる。

 だから、紫苑は少々お待ち下さいと慇懃無礼に言って、部屋の奥にいるジェイに声をかけた。

「先生」

「はい」

「雅人に会いたいと言う客が来ていますが、どうしましょうか?」

「雅人さまに? どなたでしょう?」

「あ……申し訳ありません。まだ、訊いていません」

「……」

 ジェイは一瞬黙って、そしておもむろに立ち上がった。

 彼自身が直接確かめることにしたらしい。

 入り口のカウンター前に、所在なげに立っている男は、一見真っ当なビジネスマンに見える。ジェイは職業的な笑みを浮かべて、男に声をかけた。

「お待たせしました。当オフィスの代表をしております、ジェイ・リーと申します。久我にご用とのことですが、失礼ですが、お名前をお伺いしてよろしいでしょうか?」

「ジェイ? あなたのお名前ですか?」

「はい」

 男は、まじまじとジェイの顔を見つめた。

「……どうかなさいましたか?」

「あぁ……失礼をして申し訳ない。ロミヤックと申します。こちらに久我雅人さまがいらっしゃると聞いて伺ったのだが……」

「左様ですか。ただ……久我は、事務所のスタッフというわけではないので、スケジュールなどは一切関知していないのです」

「こちらの関係者であられることは、間違いないのだろうか?」

「そうとも言えるかも知れません。ですが、申し訳ないことに、久我は大変気難しい人物です。ですから、必ずご紹介できるとは確約できないのですが」

「そうでしょうとも」

 ロミヤックと名乗った男は、強くうなずいた。

「失礼ですが……久我とご面識がおありなのですか?」

 ジェイは当然とも言える疑問を口にする。

「ある……と、思う。いや、あって欲しいというのが本当のところだ。ずっと……ずっとあのお方をお探し申し上げていた。あのお方であればきっと、私を覚えておいでだと、そう思っている……万が一、私に会いたくないと、あのお方がそうおっしゃられたらそれ以上には喰い下がらないことを、先に確約しよう。約束する。必ず」

「かしこまりました。では、ご連絡先を教えて頂けますでしょうか。久我に確認のうえ、ご連絡を差し上げので」

「申し訳ないが……ここで待たせてもらえないだろうか」

 ジェイの申し出にロミヤックはそう応じた。

 ロミヤックのこの言葉に、さすがのジェイも動揺を隠せなかった。

「いや。迷惑なことはわかっているが……一秒でも早くお会いしたいのだ」

「……事務所に今日いらっしゃるかどうか、わかりませんよ?」

「かまわない。今日がだめなら、明日でも、明後日でも。お会いできるまで、待たせていただこう」

 ロミヤックのこの言葉に、こっそりため息をついたのは、紫苑だった。ジェイの方は、職業的な笑みを浮かべてうなずいた。

「承知しました。必ずご紹介できるとは確約できませんが、それでよろしければここでお待ち下さい。竹階くん、コートをお預かりして下さい」

 パーテーションで区切った応接コーナーにロミヤックを案内したジェイが言った。

「あ……はい。コートをお預かりします」

 紫苑はロミヤックからコートを受け取り、お茶を淹れるためにキッチンに立った。オフィスJでお茶と言えば、紅茶だったので、彼はすっかり紅茶を淹れるのがうまくなっていた。

「どうぞ」

「すまない。だが、あまり気を遣わないでいただきたい」

「お気になさらず」

 無駄口を叩かないのが事務所の流儀だったので、紫苑は黙って通常業務……つまりは、パソコンに流れる株のデータを眺め始める。

 紫苑がこの事務所で実際に株の取り引きを担わせてもらえるようになってから、彼はそれなりに頑張って利益を上げている。もちろん、ジェイ自身も取引を行って紫苑以上の利益を上げている。

 紫苑の上手を行くジェイは、どこまでも彼の目標であった。

 そのジェイは、雅人のスケジュールを把握していない旨の事を言っていたが、普段の雅人の行動パターンからすると、十時から十二時の間に事務所に現れるはずだ。

 今が、十時半。

 今すぐに現れてもおかしくない時間帯だ。

 しかし、今日に限っては時計が回って十一時半になったというのに雅人は現れない。

「竹階くん。気にせず、先に食事に行っていらっしゃい」

 ジェイの言葉に紫苑は立ち上がり、ジェイにそっと耳打ちした。

「先生。俺、席外して大丈夫ですか? あのお客、なんか、不穏な感じがするんですけど……」

「何も起こりはしませんよ。いいから、行っていらっしゃい」

「でも……」

「あなたも心配性ですね。何一つとして気にすることはありません。あなたは気にせず食事に行って下さい。ただ……鍵を持って行って下さいね。あなたが戻って来る時には、誰もいないかもしれませんから」

「はい……わかりました。先生」

 雅人はすぐ現れるとは限らないのだ。紫苑はジェイの言葉に従うことにした。

 そして紫苑が席を外してしばらくして、扉が開いた。

「寒かったぁ……おはよ、ジェイ。外、寒いよ」

 寒そうに手をこすり合わせる雅人が現れた。背後には護衛の大倉おおくら

「おはようございます。雅人さま」

 立って行って雅人を出迎えたジェイは、大倉からコートを受け取る。

「雅人さま。実は、お客様がいらっしゃっているのですが、いかがいたしましょう」

「お客?」

 気配を察知したのか、呼びもしないにパーテーションで区切られただけの場所から、ロミヤックが現れる。

 雅人はそちらを見て、紹介もされていない客の名を呼んだ。

「……ロミヤック……どうして、ロミヤックがここにいるの?」

「……ハース……では、やはり……やはり、ハースでいらっしゃった……」

「よく、見つけたねぇ」

 雅人はかくれんぼで鬼に見つかった時のように微笑って言った。

「僕とアディファートじゃ顔形がまったく違うのに」

 雅人はくすくすと微笑う。

「よく僕までたどり着いたねぇ」

 そう。

 ジェイは知っている。

 地球に訪れた異星人が彼らの皇子の転生者を探していたことと、その相手をこともあろうに志雄だと誤認していることを。

「ジェイ。僕にココアちょうだい」

「はい、雅人さま」

 ジェイがキッチンに立って行き、それを見送った雅人はロミヤックに視線を移した。

「……ハース……」

 雅人はまったく当たり前の様子なのだが、ロミヤックの方は感情をたかぶらせている。

「ハース……ハース……我がハース……お会いできるとは……生きて再び本物のハースにお会いできるとは、ロミヤックは思いもいたしませんでした……」

「レスタは、志雄を見つけていたものね」

 言いながら、雅人はいつも座っているソファーに身を投げた。

「はっきりって言って、呆れた」

 軽い口調。

 しかし、底辺に重い感情が隠されていることに、ロミヤックは気付いたらしい。

「ハース……私は……」

「どうしてお前は、志雄がアディファートじゃないって気付いたの?」

 雅人は柔らかく微笑った。

 では、雅人はロミヤックに怒っているわけではないらしい。

「私は、恐れ多くもハースの教育係として、親しくしていただいておりました。あの者は……違います」

「……違う?」

「はい……あのような者がハースであるなど……そのような不敬が許さるはずがありません……」

 ロミヤックは雅人から一度も目を離さず言葉を紡ぐ。

「それで? 気が付いたのは、お前だけ?」

 雅人の何気ない口調。

 しかし、やはりどこかに重い空気をまとっていた。

「はっ……誠に情けなきことですはございますが……」

 ロミヤックは悔し気に肯定した。

「さすがは、ロミヤックだね」

 笑顔。

 雅人のその笑顔に、ロミヤックは取りすがるように膝をついた。

「ハース。ハース。ハース……お会いできて……お会いすることができて、これほどの幸福はございません。生きて再びハースに会い見えることができるなど、ロミヤック、想像すらしておりませんでした。あの者……ハースの御名をかたるあの愚か者に、皆、騙されております。しかし私には、違うことがわかっておりました。あれは、ハースではない。ハースと寸分違わぬ姿形ではありますが、違うのです。あんな……あんな禍々しい者がハースであるはずがない。それなのに、皆、ハースであると思いこんでおります。誰も彼も、目が曇っているとしか思えません。我が主、ハースよ。どうか……どうか、お出ましいただき、愚か者共のもうひらいて下さいませ」

「……イヤ」

 ロミヤックの血を吐くような訴えを、雅人は笑顔で流してしまった。

「僕はね、久我雅人って言うんだよ。アディファートじゃあない」

「ハース……」

「ロミヤック。お前に会えて嬉しいよ。でも、僕はアディファートじゃない」

 雅人は優雅に微笑いながらきっぱりとそう言い切った。

 その微笑みは、まるでいたずらっ子のようなそれであった。

 それを目にしたロミヤックは一瞬何かを口にしようとして、しかし何を口にすればいいか迷うように口をつぐんだ。

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