第18話 : セラフィナの疑念と確信
撮影の合間の休憩時間は、いつも緩やかだ。
セットの照明が落とされ、スタッフたちが機材のチェックに散っていく。
控室と撮影ブースの境目に置かれた簡易テーブルには、温度の違う飲み物が並び、誰かが持ち込んだ焼き菓子の甘い匂いが漂っていた。
「はぁ……」
セラフィナは長い耳を軽く揺らしながら、椅子に深く腰を沈めた。
「今日の光、ちょっと強かったね。目が疲れちゃった」
「そう? 私はちょうどよかったけど」
美優はそう言って、ペットボトルの水を一口飲む。
何気ない返事。何気ない表情。
その様子を、セラフィナは少しだけ不思議そうに眺めていた。
「ミユってさ……」
言いかけて、言葉を探すように一瞬黙る。
「うん?」
「いや……なんでもない。変なこと言うかも」
セラフィナは曖昧に笑った。
軽い調子を装っているが、その視線は、どこか探るようだった。
「この前の雑誌、見たよ。森の集落でも、みんな話してた」
「え、そうなの?」
「うん。理由は分からないけど……」
彼女は指先で、カップの縁をなぞる。
「見てると落ち着くって。夜、よく眠れるって。……ちょっと昔の話みたいだなって思った」
「昔の話?」
美優は首を傾げる。
「うん。人間の、ね」
その言葉は、特別な意味を持たない雑談として投げられた。
少なくとも、セラフィナ自身はそう思っていた。
「前に話したでしょ? 伝承。人間は“ことば”とか、“在り方”で空気を変えたって」
「ああ……そんな話、あったね」
美優は思い出したように笑う。
「でもさ、それっておとぎ話でしょ? 今の人間、そんなことできないよ」
「そうだよね」
セラフィナも笑って頷く。
だが、その声は少しだけ弱かった。
「それでも……」
ぽつりと、独り言のように続ける。
「やっぱり、人間って不思議だよね」
その一言は、驚くほど軽かった。
責任も、意図も、結論も含まれていない。
ただ、感想として零れ落ちただけ。
「えー? そうかな」
美優は肩をすくめる。
「私なんて普通だよ。魔法も使えないし、長生きもしないし」
「そういう意味じゃないんだけどね」
セラフィナはそれ以上、踏み込まなかった。
踏み込む理由も、踏み込む勇気も、今は持っていなかったから。
沈黙が、心地よく流れる。
その背後。
少し離れた場所で、リナは一人、壁にもたれて二人の様子を見ていた。
何気ない会話。
どこにでもある雑談。
――けれど。
(……今の一言)
リナの胸の奥で、何かがひっかかった。
セラフィナは気づいていない。
美優も、もちろん気づいていない。
だが、言葉が、正しい場所に落ちた。
それだけで、十分すぎるほどだった。
(人間って、不思議)
それは観察であり、評価であり、
そして無意識の“許可”でもある。
世界は、他種族の認識によって、ゆっくりと書き換わる。
否定されなかった。
拒絶されなかった。
――だから、進んでしまう。
「ミユ、次の準備お願いしまーす」
スタッフの声が響く。
「はーい」
美優は立ち上がり、軽く手を振った。
「じゃ、行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
セラフィナはそう言って見送る。
その背中を見ながら、リナは小さく息を吸った。
(もう……戻れない)
誰も宣言していない。
誰も理解していない。
それでも。
人間という存在が、
“ただの希少種”ではなく、
“意味を持つもの”として語られ始めた。
それが、どれほど危ういことか。
撮影ブースに向かう美優の足取りは、いつもと変わらない。
笑顔も、声も、同じ。
ただ一つ違うのは――
世界のほうが、彼女を無視できなくなり始めているという事実だけだった。
リナは目を閉じ、心の中で呟く。
(次は……“言葉”だ)
そして、その予感は、
まもなく現実になる。
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