第15話 : 人間の伝承
撮影は、予定より少し早く休憩に入った。
木々に囲まれた遺跡の一角に、スタッフが簡易テントを張り、機材を調整している。その喧騒から少し離れた石段に、美優とセラフィナは並んで腰を下ろしていた。
午後の光は柔らかく、風が葉を揺らすたび、涼しい影が足元を撫でていく。
「今日は、空気がいいね」
セラフィナが、独り言のように言った。
エルフ特有の澄んだ声は、森に溶け込むように小さかった。
「うん。気持ちいい」
美優は頷き、ペットボトルの水を一口飲んだ。
撮影の緊張が抜け、頭の中が少しだけ空っぽになる。この時間が、彼女は嫌いではなかった。
セラフィナは、しばらく黙って森を眺めていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ。人間って、昔は不思議な力があったって話、聞いたことある?」
「え?」
唐突な話題に、美優は瞬きをする。
「人間?」
「うん。ほら、今はほとんど見ないけど……伝承にだけ残ってる種族」
セラフィナは肩をすくめる。
深刻さはなく、どこか暇つぶしの雑談の延長のような口調だった。
「なんでもね、魔法とも精霊術とも違う力だったらしいよ」
「へえ……」
美優は相槌を打つが、正直なところ、あまり実感は湧かなかった。
「“コトバ”で空気を変えた、とか」
その言葉を、セラフィナは少し照れたように笑いながら続けた。
「言葉を発しただけで、場の雰囲気が変わったり、運が動いたり。今思うと、作り話っぽいよね」
「確かに……すごいファンタジーだね」
美優はそう言って、苦笑する。
あまりこの手の話は興味がなかった。前の世界でもそんな話は聞いたことがなかった。興味が無いからそういう話と縁が無かっただけかもしれない。
この世界でさえ、そんな力は聞いたことがない。ましてや、言葉だけで世界が変わるなんて。
「でしょ? たぶん、昔話が盛られただけだと思う」
セラフィナはあっさりとそう結論づけた。
「エルフの古い記録に、ちょっと書いてあるだけだし。今の時代には関係ない話」
その言葉に、美優はほっとしたように頷く。
「じゃあ、あんまり気にしなくていいんだね」
「うん。気にしてもしょうがないよ」
二人の間に、穏やかな沈黙が落ちた。
そのときだった。
風が、すっと止んだ。
葉擦れの音が消え、遠くのスタッフの声が、ほんの一瞬だけ遠ざかったような感覚。
「……なんか、今」
セラフィナが、首を傾げる。
「すごく落ち着くね」
「そう?」
美優は気づかない。
ただ、胸の奥がふっと軽くなった気がして、自然と口元が緩んだだけだった。
「不思議」
セラフィナは小さく笑い、それ以上は何も言わなかった。
「そろそろ再開でーす!」
スタッフの声が飛び、止まっていた世界が、何事もなかったかのように動き出す。
「じゃ、続き頑張ろっか」
「うん」
二人は立ち上がり、何事もなかった顔で撮影現場へ戻っていった。
人間の伝承は、ただの雑談として、風に溶けて消えた。
少なくとも、その場にいた誰もが、そう思っていた。
――この時点では。
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